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猫「道」 (2)

 投稿者:α編集部  投稿日:2014年 4月23日(水)22時19分32秒
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        猫道(ねこどう)(2) 2011-2013




   2010年の記録をひっくりかえしても、猫一匹登場しなかった。
   この年は寅年だったから猫も忙しかったのだろうか。 それとも
   筆者の方が忙しかったのか。
   2011年6月にやっとその姿を現す。大地震による余波だろう
   か、「猫になりたい」とある。
   2012年4月に30回目の引っ越しをし、一匹の猫と出会った。






「あした天気になあーれ・第三回」の評1 投稿者:万理久利  2011/6/30

【構成力】

作者は毎回季節の情景から入る。鳥や植物に煌めきを与え、この作品が立つ季節を教えて
くれるのだ。そこでいつも通るビルに囲まれたポケットパーク、そこに猫を登場させ、結
びもこのポケットパークの猫で終わる。(中略)
そしていよいよ、目玉人物、チキンジョージの登場となる。三毛猫探しから帰ってきた、
段取りまでつけて。そんな彼を呆れながらも麻雀のプロとして尊敬する主人公。
次に、もう一つの目玉女房だ。ジョージとのからみは凄みを否が応でも想像させる。

最後はポケットパークにいる猫たち。(中略)
それにしてもこの作品は笑いと、涙の世界だ。 迫力がある。

浅田次郎 プリズンホテルを思わせる猫たちの動画をどうぞ。配役が決まっています。
http://www.youtube.com/watch?v=O3h348uGtNg





凄すぎる顔ぶれ 2011/6/30

「浅田次郎 プリズンホテルを思わせる猫たちの動画をどうぞ。配役が決まっています。」
の裏社会を構成する猫たちの顔は凄すぎる。「三つの願い」にでてくる「カポネ」もこうい
う顔だろうか?とにかくこの社会は顔が命、片目がふさがったり、顔が捻れていたりとその
バランスの崩れ加減は、過酷な闘争の歴史を物語るものだろう。悪顔猫のシリーズの面白い
小説が一つ出来そうだ。






「あした天気になあーれのコメント」 2011/6/18

      

我が輩は猫になりたい。
猫は人間の体重の約15分の1。猫は一日16~20時間眠る。猫の摂取カロリーは人間の2400
/15=160kcal。14時間動き回る人間と比べれば一日100kcal以下でも十分である。鶏ささ
み100g(105kcal)。牛乳100cc(65kcal)。だから2・3日食べなくても生きて行ける。人
間の跳躍力はせいぜい50cm。猫は体高の5倍すなわち1.5m。人間ならさしづめ8m跳べ
ることになる。ちなみに、蚤は体高の100倍。人間にすると150m、まるでウルトラマンみ
たいだ。

猫と人間の採食、運動能力の効率の差は歴然としている。そしてなんて人間は無駄なこと
をたくさん欲しがるのだろう。飛行機だってコンピュータだって携帯電話だって原子力発
電なんて猫には必要ない。現にそんなものの恩恵に浴さなくとも平気で生きている。我が
輩も来世は猫となったあるがままに生きよう、「樽のディオゲネス」のごとくに。
そして、今度の「あした天気になあーれ」は我が輩の横に写っているオスの三毛猫が主人
公である。どうぞよろしくと言っていますニャー。
http://www.youtube.com/watch?v=pOEXFJ9qHvc&feature=player_detailpage





「あした天気になあーれ-評のお礼」より 2011/7/9

*◆評者 ★作者
◆猫って笑う動物なんだろうか。これが男優だとして、また猫が笑うとして、この写真は
一体晴れには猫の笑い顔、雨には猫の怒った顔を使うのかな。とすれば、雨用に適した写
真を別途用意する必要が有りますね。
★笑った猫の撮影では「またたび」のご褒美をたっぷり与えました。また、猫は水にぬれ
ることが嫌いですから、捲土重来を期して雨に日はもっぱら寝て過ごさせます。そのキャ
ラクターは下記の写真をご覧ください。

      





◎◎子さんへの手紙より  2012/6/7

拝啓
 このところこの山荘付近は花が咲かない時期に入りました。もう少しするとたくさん蕾
(つぼみ)を付けた薔薇(ばら)達が一斉に咲き出すでしょう。栗鼠(りす)には鬼胡桃(おに
くるみ)を二粒づつ、野良猫にはペットフードを毎日テラスに置き、手懐(てなず)けてい
る最中です。朝は栗鼠(りす)が、午後からは下の部落に住んでいるらしい白い猫がやって
きます。この猫はどうもペルシャ猫かシャム猫か、西洋の猫の雑種のようであり、かすか
に黄色がかった胴体の白と、頭と尻尾の一部に日本猫でないような模様をしています。
今朝は散歩の途中で鼬鼠(いたち)の仲間の貂(てん)を見ました。新緑だけではなく、引っ
越して来た当時の黄色の花で一面の山吹の群衆のような色彩が欲しいこの頃です。
(以下略)





「絵を見に行く」より 2012/2/4

 昨日長岡さんの末っ子小柳景義さんの卒業・終了作品展を東京芸大まで見に行った。家
を出て散歩がてらに通った不忍の池回りの景色があまりにも素晴らしかったので写真を一
枚パチリ。人になれた5・6匹の野良猫をからかいながら上野公園をゆっくり歩いた。噴
水公園の全部、東京都美術館などの回り、どこもここも大々的な整地工事のための仮塀で
囲われていたが、完成すればどのように成るのだろう。いつものホームレスの青テント村
も撤去されていて、綺麗になっている。彼等も将来にわたってここらから閉め出されるの
だろうか。帰りにそこを通るとき多くのホームレスが屯していて、遠くの同じ方向を見て
いた。最初はなにが起きているのか判らなかったが、まもなく赤十字のテントの場所で炊
きだしが行われるのを待っていたのだ。(以下略)





山荘便り 2013/3/1

一週間程前に迷い猫が台所の窓を見上げていた。ちょうど数年前に貂が覗いていた様子の
ことを思い出させるシーンだった。そしてまた昨年の春、そっくりの白ろ猫が数回訪れた
ことがあったが、その猫は遂に居着かなかった。近所の人に聞くと親猫は車にひかれて死
んだという。そう言えば山の下の集落で親子をよく見かけていたが、今の迷い猫はあの子
猫かと思った。

毛並みは全体的に白っぽいが、野良猫生活で薄汚れたのだろう、真っ白とは言い難い。
額と足と尾に微かな灰色の虎模様が入っているので、猫図鑑で調べて見たがどうも混血ら
しく判然としない。それでもトンキニーズという種類に雰囲気が似ている。まだ人に馴れ
ていないので、捕まえて詳しく調べることができない。だから年齢も子供なのか大人なの
か、雄か雌かの性別さえも判らない。しかし目の色はすこぶる美しい。 アクアマリンの
宝石のような魅惑的で上品でエキゾチックな異国の薫りが漂う。

細君は「モロ」という名前を勝手につけて餌をやっている。その名前のいわれを問いただ
すと、ミラノ公ルドヴィコ・イル・モーロ(1452~1508年)から取った名前「moro」
であるという。私に相談することもなく、またそのよりどころも説明することもなかった
が、しつこく聞くと今読んでいるマキャヴェッリに関する本に出てくる人物の名前を頂戴
したという。ミラノ公と言えばレオナルド・ダ・ヴィンチが仕えた主人であり、ミラノ公の
愛妾チェチリア・ガッレラーニをモデルに描いた「白貂を抱く女性」が有名である。

この「moro」はこのところ家の外の零下10度を耐えて生きているのだから結構タフ
にちがいない。餌をやったり寝床を提供したりしているが、家の中では飼わない主義であ
る。また都会のペットのように着物を着せたり、抱いたりはしないつもりだ。だからこの
家が居心地が良ければ居着くだろうし、自由な野良の生活が望ましければ、また山の下の
民家が恋しければいつの日か自らここを出て行くだろう。私はだから「moro」の好き
なようにさせようと思っている。





山荘便り 2013/6/7

梅雨というのに一向に雨が降らない。だから太陽の光は十分満ち足りているにもかかわら
ず、朝夕はセーターとジャンパーが手放せない程肌寒い。標高1000メートル近い高さの
せいだろうか。春先山吹がこの辺りを黄色で一斉に染めたが、山荘の蔓薔薇や紫陽花やブ
ラックベリーなど、蕾はあるもののその後なんの花も咲かず、ちょっと寂しい。

最近もう一匹の野良猫が時々庭に訪れるようになった。三食昼寝付きという暮らしを保証
され仕官した我が家の猫、モロが羨ましいのかも知れない。細君はその新参の猫をカトー
と名付けた。あのローマ時代の 吝(しわい)な大カトーの名前である。どのような意味
でそのような仇名を細君が付けたのか、私はまだ問うていない。それにしてもモロに顔や
毛並みがそっくりで、兄弟ではないかと思っている。なぜなら体は大きいがモロと喧嘩す
るでもなく二匹とも三メートルばかり離れて黙って座っていることが多い。

私は朝八時を過ぎると屋敷の上の道に出て散歩に出かける。最近は下のテラスか藪の中に
いるモロを上から呼び、しばらく待っていると黒く防腐塗装を施した木製の階段をおずお
ずと登ってくる。私がゆっくり歩き出すと三メートルばかり距離を置いて付いてくるよう
になった。前に飛び出したり、藪や他所の屋敷に入り込んだり見え隠れしするのは私をか
らかったり試したりなどの遊びの積もりだろうか。散歩に小一時間ほど付いてくるという
ことはモロにとってどのような感情があるのだろうか。人の顔を見分けたり、自分の志向
した自由な意志、記憶などを観察するに、まんざら知能が無いわけではなさそうだ。兎に
角、私と迷い猫とがこのようになるまで三ヶ月ほどの時間が必要だった。しかしまだ私の
膝に乗るまでには至っていない。





シリーズ・歪んだ風景-鐵橋 第五回 著者前書きより
2013/9/13

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赤松次郎の代理として
小生の諱は「moro(モロ)」と症します。今回は主人・垢待二浪(あかまつじろう)
が生業のため多忙で、寝子の手も借りたいと常々申しておりましたので、勿論小生の餌代
を稼いで貰わなければという重いもあって、主人に代わってボードレールとゴメンネを書
いている私大であります。

小生と主人の係わりは「斜光第18号-迷い猫」に詳しく哨戒されていますが、「moro」
とは、ミラノ公ルドヴィーコ・マリーア・スフォルツァ通称イル・モロからとった名前で、
主人の細君が強引に名付けたものであります。そのかわりもう一つの渾名である「サルト
ル佐助」については実存主義に傾倒している主人がつけたものであります。


        

さて、昌平坂探偵事務所の分室、中町探偵事務所の万理久利女史が小生の出生の秘密を探
りあてましたので、この際その貴重な報告を記録として留めることにしました。
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「moro」またの名を「サルトル佐助」
投稿者:キメラ17号(万理久利) 投稿日:2013年 9月 7日(土)16時52分11秒
甲斐の国は富士山麓に住む鈍色太夫という郷士の飼い猫で、本名はモロ助である。
青木ヶ原樹海の中で猿と遊んでいるところを鈍色太夫に見出され。その飼い弟子となった。
古雄賀流の忍者猫の血統だか修行した経験はない。生まれつきの極度のロンパリだったた
め、忍者にはとてもなれないだろうと考えた親猫によって青木ヶ原にそっと置き去られた
捨て猫だったのだ。太夫に拾われた後、 じっくりと鈍色流実存主義を叩き込まれた。
[サルトル佐助]は太夫がつけた芸名である。

鈍色太夫に鍛えられたサルトル佐助は、後に十一期十勇士の1匹として知られる。 同じ
十勇士で伊賀くり忍者猫の糊塗更道蔵は、ライバルでもあった。
本郷春の陣で[またたび護憲派]に敗れた後、太夫の住む富士山麓に落ちのびたという。
鈍色家の家訓「自由であることは、自由であるべく呪われていることである。」は代々受
け継がれ、今でも富士山麓に行くと太夫とサルトル佐助の子孫が仲良く暮らしている。
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しかし、よく考えてみると「シリーズ・歪んだ風景-鐵橋」の紹介とは難の姦計もなく自慢
話に雄割ったことをお詫び致します。    「サルトル佐助」 2013.9.12

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