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異風者

 投稿者:α編集部  投稿日:2014年 4月19日(土)13時56分44秒
  通報 編集済
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                        異風者





異風物さんへ 2002/11/7

異風物というペンネームは郷里で言う「いひゅうもん」のことでしょうか?
辞書には「異風」とは・・・普通とは違った風体、姿、やり方、風習、風俗。また連歌の付句
の形のひとつとあり、また「斜光」第二号の田辺氏の明解国語辞典には「いひゅうか」を気難
しいと解説してありますが、私の感覚ではちょっとニアンスが違います。
「人と違ったものの感じ方・考えをする人」と、或るいはそのように敢えて考えようとする人
を個性派・変わり者とする意味の方が「気難しい」より本質を衝いているのではないでしょう
か。そのような個人主義の人が共同体の中ではなかなか迎合しないので「箸にも棒にもかから
ない」とか、「ぎゃすぎゃすどんく」・「天の邪鬼」などと揶揄されるのでしょう。

しかし、「全会一致は無効」とするユダヤ法の意味でもそのように異論を唱える御仁は貴重で
あります。あるアメリカ映画で全員ですばらしい結論を承認する時一人だけ反対する老人がい
ました。なぜか?彼は主張した「全員賛成では民主主義が成り立たない」!

ところで、先の同期会の箱根旅行で私に「俺は異風をモットーとする」といった、NHKドラ
マ:山本周五郎:春がきた)にでているひげ面の主人公にそっくりの貴君がこの「異風物」で
すか?そして貴君の論は私の意見に近いということは、私もまた「異風者」でしょうか。





異風者氏へ 2003/12/4

ずっと昔、読書家の異風者氏から最先端科学の「複雑系」の話を聞いた覚えがありました。
そのときはたいした興味を覚えなかったが、最近「量子力学」・「超ひも理論」などをへて
「複雑系」の本を読みました。

ところで、「noriさんへ」の投稿をみると堅物ばっかりと思っていた異風者氏もそのよう
なユーモアの持ち主であることが判って嬉しいですね。

小生も自分ではよく出来たと思うのですが、そのようなダジャレを息子から「親父ギャグ」と
白い目で一笑にふされ続けています。しかし、「親父ギャグ」は江戸時代よりつづくダジャレ
を継承していて言葉遊びの一つの文化でしょう。同音異義や何かに見立てる掛詞などを瞬時に
組み立てて表現することは並の業ではありません。

話はかわって、異風者氏は「読書会」ば自分と違う傾向の本をテーマにしているとこのHPに
書いておられたが、それは違います。参加した人が次の本を決める訳ですから、漫画・エロ・
科学・哲学・神学等、そのジャンルは問いません。

そう言うわけで、是非「読書会」に参加されて、私共を「構造改革とロジステック方程式」や
「零式艦上戦闘機」の迷宮へ誘って欲しいと思います。





「肥と筑」第5回感想 より 2008/7/19

◆「知の巨人」についての長岡曉生さんのクレームがありましたが、けっしておちょ
くってニヤニヤしているわけではなく、心底私はそう思っているものです。それに比
べて、さしずめO-chanが「痴の巨人」なら私は「稚の巨人」といったところで
すか。

◆製鉄の話で小さい頃のことを想い出しました。
私の父は戦後小さな鋳物工場を経営していました。そのためそのことについて私は色
々のことを見聞きしていました。樋口さんの「付文」に出てくる銀色の無臭で硬いコ
ークスが珍重されていることも知っていました。コールタール、ピッチなどの不純物
が混入している石炭では高温を得ることができません。だから高価なコークスを使用
して、解体された軍艦などの鉄くずとを混ぜて溶鉱炉に入れて燃やして銑鉄をつくり
ます。どろどろに溶けて太陽のようにまぶしく輝き、線香花火のような火花を散らす
鉄を、上半身裸の男達が鉄の柄杓で受て、鋳型に流し込みます。車の部品やら、橋桁
の受け材やら、鍋などに成型されます。九州の夏の夜などは普通でも寝苦しいのに、
溶鉱炉を使った日などは、工場と壁一つ隔てた同じ建物の住居では地獄のような暑さ
で、まともに寝られたものではなかったことを記憶しています。

◆私は「いひゅもん(異風者)」に憧れます。ここにその「いひゅうもん」についての
天野 勇吉の「あんころじいの方言放言」というエッセイがあります。少々長いが載
せてみま しょう。
早稲田大学をつくった大隈重信とか、日本赤十字社の生みの親といっていい島義勇と
か、いずれも幕末から明治初期にかけて大きな仕事をした人たちですが、そのなかで
ぼくがいちばん好きなのは、江藤新平ですね。この人はすごい。ダントツにすごい。
なにがすごいって、こんなラジカルな理論派は、めったにいるもんじゃありません。
しかもその理論のスジを通すための熱狂的なエネルギーを持ち合わせている。幕末に
佐賀藩を脱藩して尊王攘夷運動に参加、明治維新後は新政府の司法卿(法務大臣)と
なって近代日本の司法制度をつくりあげると同時に、徹底した能力主義と人権主義を
確立するなど、たいへんなことをやってのけた人です。「私の友人の友人にアルカイ
ダがいる」なんてノーテンキなことを言っている法務大臣とはワケも違うし、デキも
違うすごい人ですが、数年後に政府内の意見の対立から下野して佐賀に帰り、佐賀の
乱にまきこまれてしまう。で、最後は自分が作った刑法で処刑されるという、数奇な
運命をたどった人でもあります。
これが「佐賀人」というものじゃないか、と、ぼくは思っているんですね。
で、「こういう人を佐賀の方言ではなんというんですか」と、ぼくを呼んでくれた人
に聞いたら、すぐに答えが返ってきました。
「いひゅうもん」
そうです、いひゅうもん。佐賀人の気質をひとことであらわすのはこれっきゃない。
標準語では「奇人」とか「変人」とかいうことになるんでしょうが、それともちょっ
とニュアンスが違う。「佐賀もんが通ったあとには草も生えない」という言葉がある
そうですが、そこでいう「佐賀もん」は、たんに「ケチ」とか「よくばり」という意
味だけでなく、「キョーレツな個性派」というイメージもあるんじゃないでしょうか。
たぶん、いひゅうもんのモトは「異風者」でしょうね。威風堂々ではなく、江藤新平
のように「異風堂々」。ぼくのイメージのなかに住む佐賀人の、それが原型です。

◆ところで「肥と筑」の評はどうなったとお叱りを受けそうですが、私はこの膨大な
小説 が終わってから総評をしようと心に決めています。だから、「彼奴はまた敵前
逃亡を図ったな」といわれそうですが、そうではなく興味の尽きない作者の風貌を解
析して見たいという誘惑に駆られました。
「赤信号皆んなで渡れば 恐くない」的な護衛船団方式の中では、この「いひゅうも
ん」ははなはだ厄介な存在です。無視するにはあまりにも穿った理を唱え、受け入れ
るには安逸をむさぼっている者も艱難辛苦の努力を覚悟しなければなりません。もの
ごとを理に照らして判断し、間尺に合わないことには豪も妥協せず、自分の考えを頑
なに押し通す「いひゅうもん」は、表面だけの付き合いや対面だけの仲良しクラブに
とってはまるで喉に刺さった魚の骨か、理由の分からない肋間神経痛のような忘れ去
ることの出 来ない不快感を発生させるものでありましょう。
だが、並の人間が理解できないような深遠な考えと信念を持った「いひゅうもん」に
私 は「肥と筑」の作者を重ね合わせました。このような作品は彼しか出来ないもの、
その意味に於いては強烈な個性の持ち主だと考えます。私はいつも自分にしか出来な
いものを見いだし、いかに実践するかを見つけたいと思うと同時に、いつの日かあい
つは「いひゅうもん」と呼称されることを夢見ています。





「今年最後の「同人α」の編集会議および忘年会」より 2010/12/23

今日は新しい会員になった「異風者(いひゅうもん)」氏達と今年最後の編集会議を
本郷三丁目の駅のそばにある「駒忠」で開催しました。出席者は異風者、長岡曉生、
万理久利の各氏と私の4人。神野、旗名涯(はたなはてし)氏の二人は多忙、碇氏は
遠くて参加出来ずに誠に残念でした。
とにかく、普段は寡黙で人見知りする事においては人後に劣らぬシャイな異風者氏の、
酒が入ると目を見張らせるような冗舌になり、一同そのエネルギーには驚嘆した次第
であります。





「いひゅうもん」より 2008/7/21

◆私が「いひゅうもん」にたいして確たるお答えはできませんが、調べたところによ
れば 確かに「異諷者」を「いひゅうもん」と記述してある資料をみつけました。
*異風者(いひゅうもん) (単行本) 小嵐 九八郎 (著)
* 映画『人間の翼』の監督は岡本明久さん(58)。古本屋で『消えた春』を見つけ
「石丸進一の人柄にほれて」映画化を思い立ったという。原作の牛島さんに話を持っ
て行ったところ「ぜひ映画化してほしいです」という答えが返ってきた。
佐賀の言葉で「いひゅうもん」という言葉があるのだが、岡本さんは石丸進一の「い
ひゅうもん」ぶりにひかれたという。「いひゅうもん」とは漢字で書けば「異風者」。
牛島さんの記述によると《へそ曲がりで、極端なテレ屋なるが故に、己の感情を率直
に表さず、しかも偽善者ではなく、偽悪家……といったところだ》。
郷里では多数派の人が「あの人は『いひゅうか』」という言い方の中に、人の意見に
いつも反対する御しがたい変わり者という「負」のイメージを感じていまいましたが、
今よく吟味してみると、やはり単なる気まぐれなへそ曲がりの変わり者というより、
天野勇吉のいうように、理に厳しく、通説や世間の風評に付和雷同しないで考えを貫
く人という「プラス」のイメージとした解釈したい。





「異風人さんの再登場」 2008/9/18

 久し振りに異風人さんの登場楽しみです。投稿文を見るに、まだその独特な観点と
論理の冴えは見えませんが徐々に気力も回復して、その異風振りがもどることを期待
します。
 貴君が言われるように「あえて言わせてもらえれば万華鏡、つまらないものをあた
かも本当にあるかのように美しい虚像を見せる密閉された空間ということ」と喝破さ
れていますが、茂木健一郎に言わせれば「全てが己の想念を通して認識されているゆ
え、この世の出来事はみな仮想である」ということ。だから難しい相対性理論も恋愛
も「万華鏡」の中身と似たようなものでしょう。
 ところで私はこのホームページにふさわしいと願った名称は「ニューロン・カフェ」
でした。人間の脳の中で情報を一手に引き受けているニューロンたちが井戸端会議よ
ろしく三々五々とカフェ集まって、あることないことの情報を交換して楽しむという
意味を込めての提案でしたが・・・。





「M君への手紙」より 2011/9/19

拝啓 悠々自適の貴君が羨ましく思います。 小生、今まで遊び惚けてきた報いで、
「たつき」のために一生現役を貫かねばならないようです。

もともとも小さい頃から物を創ることに興味があり、職業も建築という創造の世界に
進みました。一度は就職しましたが会社勤めにおける責任のなすりあいや虚勢などの
人間的な確執が下らなくて、33歳の時に会社を辞めたという、サラリーマン失格の小
生でした。また貴君がかつて建築構造の技術者について喝破された通り、一匹狼、ロ
マンチスト、芸術家肌、ウソが許せなくて情に厚いこと等々はまさに自分もそうかな
と思うことがあります。またそのような志向を持っていることも確かです。そして今
の仲間達もまた世間で言えば奇人・変人・異端(佐賀では異風者)の形容詞が付きそ
うな面白い連中で、同じ空気や匂いのなかで付き合うことは甚だ愉快なことです。

追記:異風者について広告時評の天野祐吉が面白いエッセイを書いています。 佐賀
の異風者の典型は江藤新平である。異風者とは単に変わり者、頑固、鼻つまみ者とい
うことではなく、理のあるところ説を曲げず、世相に迎合せず貫き通す人を言うので
はないかと書いています。まあそのような人は漱石の「草枕」の冒頭の文章のような、
世俗には疎まれ生きにくい生き様が想像できます。





「無限回廊 第六回を読んで」より 2012/1/3

 「フィネガンズ・ウェイク」にあってはハンフリー、イエス・キリスト、トリスト
ラム卿、トリスタンの恋人イゾルデ、アダム、イヴ等々であり、「無限回廊」にあっ
ては、神農炎帝、季炎、赤松子、ヘルメース、アフロディーテ、アイネイアース、壽
夢、七娘、季礼、孫悟空、ザインなど、その飛び方は並ではない。
 また一見博覧強記でとりつく島もないほど理屈っぽく、頑固で妥協を知らない「異
風者(いひゅーもん)」の典型みたいな作者が、とてつもなく洒脱で「剽げ者(ひょ
うげもん)」でユーモア、ウイット、諧謔、隠喩に富むセンスの持ち主であることを、
親しく付き合わない人達には想像もつかないであろう。とにかく「無限回廊」に登場
するバード・ブレイン、グレイ・ブレイン、エヴァー、カミノの物語はこれからも、
それぞれの個性のもとで回し書き物として面白いものになるとあらためて確信した次
第である。

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