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斜光のこと

 投稿者:α編集部  投稿日:2014年 4月16日(水)18時10分53秒
  通報 編集済
  .

              斜光のこと αのこと





「斜光」編集会議報告   2002/6/29  (BBS 落書き帳)

みなさんへ
このフォーラムもおおくの仲間が開いてくれています。
同人誌斜光への関心も一層深まってきております。そこで斜光編集の様子もお報せしてはどう
かとの意見も出始めましたのでここに編集会議内容を掲載することにします。なお編集に関し
てご意見ご要望があればこのフォーラムへ書き込んでください。

1. 開催日時;平成14年6月22日(土)
2. 出席者;編集委員10名
3. 主な打ち合わせ内容
・ これまでの投稿者…31名
・ 投稿を予定はしているが、現時点での未投稿者…13名
 →6月末期限で投稿をお願いする
・ 「編集後記」、「色眼鏡」、「風の便り」、「作品に一言」等の原稿にはそれぞれのタイト
  ルを明記のこと
・ 「斜光ホームページ」のPR。ホームページアドレス<URL>を裏表紙下部に掲載する
・ 「ふうけもん会」「読書会」「鳥見会」等のサークル活動を風の便りで紹介する
・ 10月19日の<佐賀;同窓会>に間に合わせるために、今後次の予定で進める
(1) 8月10日(土)校正会議→校正チェック完原稿の返却期限<8月末>
(2) 9月初原稿の最終チェック
(3) 9月中までに印刷渡し
(4) 9月末までに印刷完了
(5) 10月初からの発送





新しい投稿者歓迎!! 2002/10/6 (旧同人α掲示板)

「斜光」第7号もすでに手元に届いている方もあると思います。そこで紹介されました「斜光」
ホームページへようこそ!!

「斜光」の誌は年に一回のおつきあいですが、ここでは毎日の意見交換の場で、すでに一年の
試運転期間にこのようなたくさんの楽しい付き合いをしてきました。はじめて「落書き帳」を
開いてくださった皆様も大いに落書きをしてください。一番下の欄の管理者をクリックすれば
自分の原稿の修正・削除が可能ですので、恐れることなく書き込んで下さい。まずは勇気をだ
してなにげない日々の感想から・・・。





「斜光」パイロット版について 2004/ 9/27 (旧同人α掲示板)

「斜光」パイロット版について私にも言わせて
その当時400部も発行する同人誌にするという大それた考えはなかった。ただ仲間同士で手作
りで何かを創ることに喜びを味わいたかった。私は日本中の同人誌について図書館で調べあげ、
2・30の候補の題名を書き出し、われわれの目指す誌にふさわしい名前を4人で検討した。北君
の武満徹の作品からと思えるノヴェンバー・ステップス (November Steps, 1967年)以外の
提案はなく、その2・30の中から選ぶことになった。

そして残ったのが「斜行」と「斜光」の2つであった。昭和35年卒業と佐高を掛け、加えて「サ」
を「シャ」と発音する郷里の訛りで味付けし「シャコウ」としたわけである。
O-chanの書いた通り、「斜光」を推していた私がトイレに発った瞬間に3人の推す「斜行」
に決定した。まだ討議の途中と考えていた私の思惑は甘く、冷徹な民主主義の数の論理に押し
切られたしまった。

散々回り道の人生を歩んできた私はこれからの行く手にせめて「光」を望んだわけだが、0号
を手にした人から「私はまっすぐな道を歩んできたのに」 という意見もあって創刊号では
「斜光」に戻したいきさつがあった。

しかし、今考えると「光」はなんだかカルトの宗教の匂いがするようで、もっと率直に自分の
生き様を表した「斜行」でもよかったような気がする。





「自己流を貫く」 2007/2/13

「天声人語」2月13日
フランス歌謡界の長老 シャルル・アズナブール(82歳)が「最後の銘打った日本公
演を続けている。歌手でも役者でも、流れの速い芸能界で長く一線にとどまるには二
つの道がある。軽やかに時流に乗るか、頑固に時流を貫くか。シャンソンの名手には
後者が少くない。

私も「斜光」との和解で、皆さんの説得や取りなしがあって、「もう仲良くしてもい
いか」と思ってしまいそうになるが、やはり当初「個人の自由」を認めなかったとい
う経緯と彼らの考え方には妥協すべきではないと思う。
それが頑固といわれようと・・・。





「X氏のポートレート及び賛」より 2008/1/8 (旧同人αブログ)

◆X氏が、限りなき同窓会誌に近い同人誌である「斜光」を見放すように決別したの
は、決してイデオロギーの対立があったからではない。それはほとんどの世の重大事
が取るに足らないように見えるものから端を発するように、じつに卑近な諍いから始
まり、最後は同人αという別の冊子を立ち上げるエネルギーにまで大きくなったので
ある。
 よそから見れば些細な行き違いのようだが、食い物の恨みは末代まで残るというで
はないか。その当時は私も、たとえそう思っていたとしても決して口には出さなかっ
たであろうことを、有力な編集委員であるB君により、実にあっけらかんと「Xさん
の料理はありゃ何だ味も飾り付けも最低だ」と酒の勢いで宣ったものだ。それ以来華
麗なる馬込村の社交場から彼等一族は抹殺されて今にいたっている。





「いひゅうもん」より  2008/7/21

◆同人誌「斜光」については碇さんの説明の通りでありますが、少し詳しく説明しますと、
高校卒業周年記念に作った「青春のあの時」という冊子を執行部が編集しました。それが
とても面白かったので、あるとき飲み会で田村さん、田辺君そして私の3人が「あのよう
な冊子が一回きりではもったいない」といことになって、我々だけでも同人誌を作ろうで
はないかということになった訳です。
 「斜光(しゃこう)」という命名の経緯は全国の同人誌の名前を200ばかり集めて、
最終的には碇さんの説明にある「佐高」「昭和35年卒業の35」を佐賀弁のなまりを加
味して「しゃこう」と呼び、なおかつ一生を一日と考えれば、50代を午後3時ころの斜
めに射す太陽の光に照らされた時間、「斜光」とした訳です。
 実は創刊号は「斜行」でした。人生はあちこちと迷いながら生きると自覚しての名称と
して田村さんが推し、「斜光」を推た私が敗れました。それはちょうど、このホームペー
ジの名称である「言の輪」と「ニューロン・カフェ」の攻防と同じものでした。
 しかし斜光第10号に至って、今回の(*落書き帳)「掲載拒否」の雰囲気が流れ始め、
例のごとく個人の自由を制限するようなことには我慢ならない田村さんと私は「斜光」と
袂を分かつことになり、今は「同人α」を立ち上げてそれを主体に活動をしています。

◆それにしても「言の輪」に投稿する人達のエネルギッシュなことには驚かされます。
「村のはずれの船頭さんは ことし六十のおじいさん」などと歌っていた幼少の頃は本当
に六十歳と言えばおじいさんに見えたものですが、皆さんは前期高齢者と言われようと難
しい問題に挑戦して真理を探求することを厭わないという、なかなかの強者揃いでありま
す。




同人α19号合評より  2008/9/27 (旧同人α掲示板)

 遠藤周作の「沈黙」という本がある。病気や迫害などで苦しむ信者がキリストに救
いを求めるが、神は奇跡をおこして民衆の直接の苦痛を解決してはくれなかった。た
だ苦しむ人達の話を最後まで静かに聞いてくれたいう内容である。それはとりもなお
さず肉体的な苦痛よりも精神的な苦痛に真剣に向き合ってくれたということである。
遠藤周作はキリスト・神の行為について深くて重い思索をしている。
 じつは私達数人が「斜光」や「同人α」をつくった原点が、現役から離れた時社会
への参加の機会が減ってくる寂しさをどのように克服するかということだった。それ
は少なくとも仲間うちで絵や音楽や創作という自己表現を通して認め合うということ
で、人間としての存在感を確信する所にあるのではなかろうかと考えたのである。そ
れが「斜光」や「同人α」というものだった。
夕子もこれから社会のなかで自己表現できる場所と、一人の人間としての存在を認め
られる何かを見つけられればいい。





「ペンネーム考その2」より  2009/12/6

同人誌「斜光」を立ち上げてからまもなく、ペンネームは是か非かという一大論争に
なった。私はペンネームOKの論を張り、もう一人は駄目という。そこには「斜光」
が同窓生を主体とする同窓会誌であるという認識があったらしい。だから本名で書か
ないと作者が誰か判らず、読む気がしないという。私は資金的にも公の同窓会に寄る
ところもなく、自立しているから完全な同人誌である、読むか読まないかは作者を知
っているどうかではなく、内容が面白いかどうかの問題である、と主張した覚えがあ
った。たとえ彼の言うことに百歩譲ったとしても、個人名を「和彦をかずひこ」とか
いても「シズエをしずえ」と書いても、それは戸籍に載っている通りの名前と違うと
いう言い分に至っては、パラノイア的な極端さを私は感じた。そう言う人は同じ思想
や出身や年代の集団に固執し、多様な価値観を認める開放性に乏しい人だと言わざる
を得ない。
結局は編集委員会の結論として、ペンネームを禁止はしないが、出来るだけ本名で書
くようにしようという、玉虫色の結論で決着したのである。
その時私が主張したのは、人はその時々で自分の気分に合った着物を着て楽しむよう
に、人間の複雑な心模様のもとに創作する文の作者名も、本名と別な思い入れのもと
にあっても良かろうという論法であった。確かに私達が創作ものを主体に本を作ろう
としたことにたいして、 同期生の動向を主体にする「情報誌」として考えるという
目的の違いがあったのだが、 最終的に「斜光」は同窓生の情報誌に近くなり、私は
「斜光」と別れて「同人α」という純粋な同人誌に移行した。





「オブジェクション-1」より 2010/2/27 (旧同人α掲示板)

古賀さんと私は北島さんが言ってくれた様に、「斜光」の固定した組織、投稿資格他
の規則、「落書き帳」の検閲、更には暗黙の内での貢献度比例の発言の重さ等に閉塞
感を感じ、もっと自由にやりたいと思って抜けたのに、何故彼が今再び「斜光」と同
じ様な事を言い出して来たのか、理解に苦しみます」 (X氏)

私は「斜光」の組織や規則が嫌だったわけではありません。「斜光」以外の個人的な活動
を束縛されたから辞めたのです。規約や細則には24時間「斜光」に奉仕しなければなら
ないとは規定してなかった。また規定してあったからといって個人の自由な時間の行
動を拘束するようなものであったら、初めから参加しなかったでしょう。





「決別の賦」より 2010/3/21

◆15年前設立した「斜光」と同じように、5年前に設立した「同人α」を掲示板封鎖
という形で以前の仲間の元から去らねばならなくなった。そこに相容れぬ志の違いが
あったが、私は両方の同人誌に私のできる精一杯の役割を果たしてきたつもりである。
しかし志半ばにして別れなければならない悔しさは、長くない私の人生に消すことの
できない悔いを残すであろう。石もて追はるるごとくと唱った啄木の詩「ふるさとを
出でしかなしみ 消ゆる時なし」や、理想主義は敗退しダブリンを石もて追われたシ
ェリーのように・・・。





「同人α問題」より  2010/4/1

Xさん
これはあくまでも私と貴女の個人的な繋がりと、忌憚ない見解を示すもので、北島氏
や東内氏にはこの文は送りません。

一時は長く同じ道を歩んできた貴女だったので、不満を残しながらも惻隠の情でもっ
て上手く納まると良いなと思いました。しかし亮子さんや貴女の最後のメールを受け
取って、私の考えも変わりました。まるで我々が横車を押して同人αを不法占拠して
いるかのごとく、早く精算して出て行けと言わんばかりの認識しかないことがわかり
ました。こちらは貴女が行動を起こした事について悪いとは決していってはいません。
しかしその原因を忖度するにおいて感情的な好悪を持ち出されると、やはり解決は困
難になります。

これはもう一度どのような問題だったのか総括してからでないと前に進めないと思
い、過去のログを読み直してみました。
「言の輪」上での私のオブジェクションその1からその8の最終回までと、貴女達の
投稿を読み直すと、これからの同人αをどうするかという議論の段階から、突然の3
月9日からおよそ15日までの間の一方的な貴女の行動により、同人αのこれからの路
線の議論から、同人αの存続や帰属の正当性の議論へと対処すべき問題点が全く変わ
りました。

蒸し返すのは嫌だと貴女に言われそうですが、過去ログをみて判断すると、貴女達は
新しい活動を目指して同人αを出て行ったとしか思えません。それは実に潔い行動だ
と思います。私もまた5年前10年間いた「斜光」を考え方の違いで出て行きました。
その時私がプロバイダとの契約者であった「斜光」のホームページも、そしてその外
の全てを残して来ましたが、潔く身を引いたことは今でも自分の行動に恥じるところ
はありません。それは残った人達が良いの悪いのといったことや、自分の立場の見栄
や勝負に負けたとか勝ったということを問題に出しませんでした(個人的には悔しか
った)。しかし自分の志をしっかり自覚して貫くことが自分の好きなことを実現でき
ると確信したからです。

Tさん、いろいろ述べてきましたが、過去ログから私なりに判断して、貴女はすでに
同人αのメンバーではないと考えました。しかし貴女のとった行動を私が非難して居
るわけではありません。ですが、そのように認識している貴女が未だに同人αのメン
バーであるごとく多数派工作までして、自分達の立場を守ろうとしていることが不思
議でなりません。もし貴女が同人αを出て行ったとすれば、同人αに対するその後の
意見は内政干渉であり、一方まだ同人αに在籍しているという認識であれば、同人の
発表の場であった「言の輪」を個人の物として持ち去り、同じ考えの人しか投稿させ
ないという行為は、他の同人や一般の投稿者にたいしてどのような釈明をされるのか、
明確な考えを伺いたい。

貴女ももはや一人ではなく同じ考えの人達がいて身軽に舵を切ることができないよう
に、私も同じ考えの人達が居ます。私もメンバーのなかには好きな人と嫌いな人がい
ますが、それを表明することがいかに不届きなことかを知っています。だからどうし
ても我慢が出来なければ、排斥するよりむしろ私が出て行くことを選ぶでしょう。立
場や名誉や見栄は関係ありません。貴女の行為の発端が好き嫌いの感情でもたらされ
た行為であれば、いつまで経っても現実的な解決は覚束ないでしょう。お互いに知ら
ないうちに不快な言葉で応酬していたかも知れませんが、事実を直視してどちらに理
があるか判断してください。

どうも厳しいことしか書けませんでしたが、これからも度々顔を合わせるでしょうか
ら、感情的に憎しみ合うことだけは避けたいと思っています。
余計なことですが、この文の根拠になった貴殿による投稿文を添付します。

離婚宣言  2010年 3月 9日(火)01時41分
北島さんは「一緒にやりたいならそう言って下さい」と元の莢に収まる可能性を匂わ
せて書いたけれど、私は「そう言って下さっても」もう一緒にやりたくありません。

お世話になりました    2010年 3月 9日(火)17時42分
私達と別れた後、まずは3人で同人誌を始められたらどうですか。こじんまりも嬉し
い物です。αという名称は、欲しいと言うのであれば差し上げますが、掲示板は娘に
聞いた所では、アドレスやパスワード他が全部私と娘になっているので、譲るのは無
理だろうと言って来ました。

新同人募集  2010年 3月10日(水)19時09分
先日離婚宣言した後は、将来の方向も徐々に決まり、楽しくなってきました。無残に
切り倒されたアルファの木の株から、小さな枝と春の若芽が出てきているのを見つけ
た嬉しさです。北島さんと私で、新しい同人を編成します。アルファ同人との仕切り
直しでなく、全く新しい同人になります。古賀さん、小柳さん、万理さんを除き、こ
の新しいグループに参加する方は北島さんか私に、その意図だけをお知らせ下さい。
方法は公の掲示板でも個人のメールでも構いません。

付記  2010年 3月10日(水)19時30分
「言の輪」とブログは今は私個人の物という認識で、ブログから3人のお名前は外し、
約束事は暫定的と入れました。合評は明日から一週間田之頭さん等、新しい体制が決
まる迄、当分今迄を踏襲します。

赤松さんへ   2010年 3月11日(木)09時18分
今後古賀さん、小柳さん、真理さんは暫く投稿をお控え下さい。
私は3月9日に同人αと離婚しました。辞めたのです。決してどなたも追い出したり
辞めさせたりしていません。私が出て行ったのです。「α」や「言の輪」の名称にも
未練はありません。3人の方々はどうぞ別に掲示板を立ち上げて、残った同人達と一
緒に頑張って続けて下さい。娘の手を借りないと何も出来ないPC 音痴の私と違って、
3人共それこそ十数分で出来る作業ではないですか。

今後   2010年 3月11日(木)22時50分
今日は映画の後、このためにわざわざ上京してくれた武藤さんも一緒に、今後の新同
人の進め方について、打ち合わせをしました。その中で古賀さんと小柳さんの投稿に
ついてどうするか聞いてみた所、ちゃんと警告してあるのだから、さっさと削除しろ
という意見から、いや彼らの言い分に反論したいからしばらく待ってくれという意見
があり,それも面白いからしばらく待つ事にしました。

今後   2010年 3月13日(土)18時06分
今日古賀さんからの別件の電話で、23号の発刊も含めαは別に掲示板を立ち上げて
続けて行きたいという話を聞き、私達は創刊号から始める事を自らに再確認した所で
す。脱会しておきながらいつまでもαの名を掲示板やブログに残して置くのは申し訳
ないので、取りあえず新しい同人名が決まる迄、仮称βとしました。





「言の輪」 2011/10/25 (戯評)

小学校の同窓会  投稿者:X 投稿日:2011年10月24日(月)23時45分17秒
それからしばらくして「斜光」を作り、それを皆に衆知させる為に、せっせと同窓会
で顔を売り、その後「言の輪」発行もあり、知らない方にまで気軽に話しかける事が
すっかり習性になってしまい、今に至っています。2つの冊子作成がなければ、今程
色々な人達とおつきあいする事にはならなかったでしょう。


◆おいおい、「同人α」をまず作ってその後「言の輪」を作って別れていったこと、
その同人αは未だに引き続き存在していることはすっかり無視してしまっている。
「斜光」を創った自分、今の「言の輪」の存在をことさらに強調するこの文は、いか
にも意図的・恣意的誹りを免れないだろう。
この人は生きるためにはプライドも矜持も良心も公正さも、精神的なものは全部肥だ
めに捨て去り、その中に落ちたハンバーグでも拾って食べて生きそうな動物的激しい
本能を持っているように思える。

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