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原発 原発 3.11以降

 投稿者:α編集部  投稿日:2014年 4月 6日(日)19時12分4秒
  通報 編集済
  .

           原発 3.11以降

                  2011-2012



[東日本大震災:2011年(平成23年) 3月11日(金)14時46分18.1秒発生]

◆何と言っても不思議なのが、地震が起きる数時間前に、著者が「原発のクリーンさ大い
に疑問」という題の投稿を入れたことだ。予感でもあったのだろうか。
◆丁度この一年前、同人α内で大きな分裂騒ぎがあった。2010.3.11朝、αの推進力の一
人だった著者が「オブジェクション最終回」を出した。続いて対立するもう一人の創立に
関わった人から「ホームページは自分のものだ」という書き込みがあったのだ。地震一年
前の騒動は地震の予兆だったのだろうかなどとつい考えたくなる。
◆奇しくもこの日は、高校同期の「横須賀軍港巡り」が催された日でもあった。
◆地震の時は、同人α27号の合評中であったが、これに続く同人が選んだテーマは「こ
んとん」「震災列島」「兆」である。 冊子にも大きく影響したようだ。
震災や原発に触れた評も多く見られた。  (編集部)




戯評-原発のクリーンさ大いに疑問
2011/3/11(金)10時05分53秒

朝日新聞の投書欄に「原発のクリーンさ大いに疑問」という題で、原発をクリーンエネ
ルギーと位置づける昨今の風潮には違和感を覚えるという投稿があった。たしかにテレビ
で電気事業連合会による「原子力発電は、世界中で約50年前から行われている発電方式で
す。その特徴は、発電段階においてCO2を全く排出せずに大量の電力を安定して供給する
ことができること、また、使い終わった燃料を再処理することにより再利用できることか
ら、エネルギー資源小国・日本における発電方法として重要視されています。
反面、放射線の慎重な管理が必要で、そのための対策が何重にもなされています。」など
と言ったことをTVで宣伝していますが、必ずしもそういいことばかりだけとは言えない。

 ウランを燃料化する過程でCO2を排出するし、燃料として使用するプルトニウムの毒性
は既知の毒物の中でも最悪レベルで「角砂糖5個分で日本が全滅」するという指摘がある。
そしてまたその廃棄物を深い海の底や、地底に封じ込めるにしても、その毒性の強いプル
トニウム240の半減期は6564年である。 その間にどのような地殻変動が起きて、生物に
影響を与える状態になるか予測できないのである。
 確かに石炭や石油といった化石燃料を今まで燃やしてCO2を排出してきた結果、地球的
環境変化の問題が生じ現在至っている歴史があるにしても、 核燃料による危険や負担を
これ以上未来に先送りすることは許されない。しかもその核燃料の廃棄物処理にようする
とてつもない費用は、今の電気事業の経費には含まれていないのである。

 私は核利用そのた諸々の純粋な科学的な研究のすべてに反対するものではない。しかし
「原子力発電はCO2を排出しないクリーンエネルギー」といった、一方的な報じ方にたい
して「はたして良いことばかりか」と問い直す必要があるといいたい。 これに反対する
意見も含めて、すべからくすべての情報は信じる前にもう一度検証した方がいいと感じた。




平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震
2011/3/13
       

横須賀軍港巡りのクルージングの参加で出かけてきたが、15:30出発の船に乗る寸前に
「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」M9.0の巨大地震が発生した。その遊覧船
は前の客を降ろすまもなく沖に逃げ去っていったので、このイベントは中止になった。
私は我が家に変えるべく皆と別れて京急の「横須賀中央」駅へ行った。しかし運行停止。
この寒空に小一時間ばかり待っても電車は走らない。さあどうしたものか・・・。

同じ釜の飯を食べたみなさん。確かにそれが美味かったかつらかったかは人それぞれのも
のでしたでしょうが、一晃さんの言のようにまさしく貴重な体験に違いありません。そし
て今回私にとってはいくつか得るところがありました。
一つは何十時間も歩いて帰ることがはたして理にかなったものであるか、闇雲にか判断す
ることなく熟慮してじっと動かないでエネルギーの消耗を押さえよい機会を待つのがこが
得策なのではなかということ。
二つ目は、次の日電車で品川まではスムーズに着きましたが、その先は電車が全く動いて
いません。そのとき老いも若きも感情的にならずに長時間静かに耐えている姿を見て、ま
だ日本は捨てたものではない、秩序を保てるこの国の将来はまだ大丈夫と感じました。
被災者はこれから大変でしょうが、古来よりこのようなことは幾度も経験してきて、その
たびに不死鳥のごとく克服、再生してきたからの現在の繁栄でありますから、きっと近い
うちに立ち直ると信じています。

最後に寒い「横須賀中央」駅で不安のなかで待っている私を捜しに来てくれた友情に感謝
します。また最終的にはヶ恵義君とも再会できて、なんだか運命共同体のような気がして
きました。
       





最近のニュースで気になること
2011/3/15

1.福島原発で露呈したもの
これだけ最先端の科学と技術の粋を集めた施設なのに、その運転・制御に関して幾重に
 もいたる安全装置が、かくも次々と不具合を起こすとは信じがたい。この施設の精密さ
 と雑さの落差は何であろうか。企画者はその程度の想像力しか無かったのだろうか。こ
 のような稚拙な思想を見せつけられると、今までの隠されただろう数々の不具合を思い、
 原発の国家プロジェクトとしてそう単純には肯定できなくなる。

2.首都圏での食料品、水、ガソリン等の買い占め
昨日買い物にいったスーパーには米、パン、牛乳、飲料水も無くなっていた。それは被
 災地に優先的に回されたから品薄になったのだと思っていた。
そういえばカートに山盛りにつんで買っていく人がいたのをたくさん見た。私達はいつ
 も考えが甘く、石油ショックのときもトイレット・ペーパーや洗剤なども買いそびれて
 しまったことがある。今回も被災地でもないのでそこまで考えが及ばなかったが、それ
 にしても変に目端が利くというか、はしこい人がいて自分さえよければというセコイ考
 えの故だろう。もちろん自己防衛的な本能だからある程度はやむを得ないこともあると
 思うが、必要以上の量を自分だけ確保するという、互助精神に欠けた根性がさもしいか
 ぎりである。日本のほとんどの地方や人たちが災害にあった訳ではないから、その人達
 はもっと冷静に行動すべきであると思った。数日前に冷静に電車を待つ人々に困難に立
 ち向かう冷静さを見て心強く感じた後だけに残念である。




イカロスの羽根
2011/3/18

今度の原発事故を見るとギリシャ神話のイカロスを思う。
ダイダロスとイカロスの親子はミーノース王の不興を買い、迷宮(あるいは塔)に幽閉さ
れてしまう。彼らは蝋で鳥の羽根を固めて翼をつくり、空を飛んで脱出したが、イカロス
は父の警告を忘れ高く飛びすぎて、太陽の熱で蝋を溶かされ墜落死した。

とにかくこのシステムはなかなか閉じることをしない危険さを含んでいる。核廃棄物は活
動を停止するまで数千年、数万年のあいだ暴発しないように冷却しながら30年、その後数
万年の間地中深く保管を必要とするという。しかし今回は反応を続け放熱を止めない使用
済み燃料を制御するための保管プールの水が涸れ、高温爆発したことによる事故である。
これからもまたこのような災害や人的ミス、機能停止などの正常な管理がされない状態に
陥ればいつでもこのような事故が起きることになる。
水力発電や火力発電のように不慮の時に中止をしようとすれば、その後の危険は何もない
状態にすべてのシステムが停止できるが、原発だけは何十年も危険を出し続けるという閉
じないシステムであることを心すべきだ。

人類は今、一昔前には自然の行為でなかった、神の領域であるかもしれない遺伝子操作や
臓器移植、人工授精、脳死問題などの社会的問題が生じるのと同じく、核融合や核分裂、
核兵器などの禁断の実に手を出し、自然のバランスを壊し人類の未来を終焉に向かわせよ
うとしているように思えて仕方がない。




寄せ集め記事
2011/3/25

今頃掲示板に後出しじゃんけんの本舗による反体制側権威筋の走狗をみかける。
寄せ集め記事の変酋長。テーブル叩きの名手。
もうすでにその辺のことは私でも言っている。X氏はオリジナルな感覚が全くなく、人が
説明していることでないと気づかない。だからどの文章を読んでも、
亜流であるから、借り物の言葉だから人を感動させない。ちっともおもしろくない。




原発について
2011/5/26

朝日新聞・論壇時評  2001.05.26
非正規の思考という副題のついたコラムで、原発について二人の見解が面白かった。
関曠野氏は、原子力は本来ニュートン物理学の枠外に位置しているものとする。それは、
日常の感覚では理解できない種類の存在であり、それ故、人びとを不安に陥れ続けるので
ある、と言っている。

中沢新一氏は、生物の生きる生態圏の内部に、太陽圏に属する核反応の過程を「無媒介」
のまま持ち込んだ原子力発電は、他のエネルギー利用とは本質的に異なり、我々の生態系
を破壊する、と言っている。
福島原発の事故で、今までいろいろのコメントの投稿を見てきたが、経済的、効率的、有
害性、での有用性などの卑近な問題解決に始終しているようで、関氏や中沢氏のようにも
っと大きな観点からの有用論、不要論の論を見なかったのが残念だ。

私は少し前に書いているように、問題が起きたときに即座に停止えないシステムは、人間
の生命を脅かすのではないか。他の自然エネルギーによる発電システムは停止したときに
全てが終了する。しかし原発だけは停止したあとの数十年数百年数千年もの長きにわたっ
て制御されなければならない代物なのだ。一世代で解決し得ないシステムの事故をどのよ
うに解決し、誰がその責任をとるのか。そう考えれば自ずと原発の人類に及ぼす益よりも
害の方が格段に大きいことがわかるだろう。




2011年 7月18日の某掲示板投稿記事を読んで
2011/7/19

いつものように本当の問題点が判らないH氏だ。
要するに、燃料価格に課せられる国税を低くして地方自治体(原発を抱える自治体)への
課税率を上げるということではないか。
ここでも原発による税金「核燃料税条例」が地方自治体によって定められ、かつその自治
体だけの収入として許されているということが問題ではないだろうか。そして一地方自治
体だけが潤沢な税を徴収できる仕組みは事態がおかしいのではないか。
原発の立地への見返りとして、反対意見の懐柔としての甘い餌ではないか。
福島原発の事故をみても、いったんことが起これば近隣の自治体は勿論、放射能汚染は国
民全体に及ぶにもかかわらず、投下される潤沢な資金、税を一自治体の了解だけで決定し
ていいものか。いったん事故が日本全体に広がったとき、その原発のために潤った自治体
は電力会社や国の責任にして済ましていられるか。
などを考えると「核燃料税条例」なるものの胡散臭さが見えてくる。H氏はこのような重
大なシステムの問題が見えないままに、数値への疑問だけに頭が回っていない。やはりネ
ジが数本足りないと言わざるを得ない。




「人の像をした美しい青い地球」の感想-1
2011/7/31

 作者は次号の同人α第28号の「震災列島」という表題を決めるに当たって、東日本大
地震に思うこと」というコメントを書いている。それはまさに政治や行政不備や世の中の
不条理をかこつこというよりも先ず、真っ正面からその事態に向き合い率直に恐れ戦いて
いるのが印象的である。
 それは現実的な問題の欠点を洗い出したり、その対処方法を論じたりする人もいるだろ
う。むしろそういう人の方がほとんどだと見受けられた。たとえば原発などの可否を論ず
るにおいても、想定外のことだからやむを得ないとか、もっと二重三重の安全システムを
作るべきだとか、原価計算にごまかしがあるなどといった現実的なことから反対を説き起
こす論が多かった。しかしもっと基本的なこと、すなわちずっと以前から識者の間で警鐘
を鳴らしてきたことだが、理論的に危険な物質を扱う制御システムが困難な原発が、これ
から未来にむかって人類の存続に責任持がてるだけの制御能力があるかどうかを考えるこ
とから初めなければいけないと思う。私はこの物質を無毒化するために何十年も何万年も
の間暴れ出さないようにただ静かに管理しなければならないことを思えば、未来の人類に
その付けを残す原発に手を染めることは問題が多いように思える。

 「僕は福島原発が恐ろしかった。爆発したら何十万人もの人々がその被害に苦しむ。事
態は悪化の一途をたどっていた。この時期僕は自分が「心弱く」なっていることを知った。
誰かの側に寄り添いたい。誰か側にいて欲しい。ぎゅっと引き寄せたい。そして談笑して
過ごしたい。こんな経験はこれまであったかなかったのか。また、被災者の中には地震、
津波が恐ろしくて、思い出しては震え泣きわめく人も出てくるという。この時人間は「心」
であるように見える。当方は、心に領されている人間というものを今回初めて思い描いた」
と作者は告白している。





             非日常 投稿者 万理久利 2011/8/6
        




非日常
2011/8/7

無謀にも絵の解読を試みました。緑の大きな矩形は福島第一原発の破壊された第1号機か
ら4号機を表し、青丸はセシューム、赤丸はプルトニューム、黒丸はヨウ素、白丸は原子
力安全保安院と東京電力の白々しい言い訳、黄丸は根拠の薄い風評と思いました。




「選ぶべき道は脱原発ではありません」
2011/10/21

朝日新聞2011.10.21
選ぶべき道は脱原発ではありません  国家基本問題研究所 理事長 櫻井よしこ
という意見広告が載っていた。
主旨は
「原発事故で大きな岐路に立つ日本。事故は二つのことを教えてくれました。事故が原発
管理の杜撰さによる人災だったこと、震源地により近かった東北電力女川原発が生き残っ
たように、日本の原発技術は優秀だったこと、この二点です。いま日本がなすべき事は、
事故を招いた構造的原因を徹底的に究明し、より安全性を向上させた上で原発を維持する
ことです。選ぶべき道は脱原発ではありません。」とある。

もともと櫻井よしこ氏は保守主義の論客と思って見ていたが、これは彼女だけの執筆では
ないかも知れないが、このようなすり替えと乱暴さに疑問を感じないほど雑な論理展開を
する人だとは思っていなかった。これは有利な事実だけをとりあげて、不利なものを無視
してでも論破するぞという、手段を選ばない強引さを感じた。いろいろのレトリックや詭
弁を臆面もなく使いそうだから話半分に聞いた方がよさそうだ。

さてその主旨書を読んで三つほどの疑問があった。
一つは必ずしも震源地に近いから被害が大きいという思い込み。どの程度の検証がなされ
たのか。今話題の長周期地震動などは震源地から相当遠いところでも大きな被害をもたら
すもので、この現象の学術的検証は始まったばかりなのである。だから原発の建築の形態
や立地地盤や環境による条件が違えば一概に断定する事は出来ないのではないだろうか。

二つ目は日本の原発技術は優秀だったことど断じているが、スリーマイルやチェリノブイ
リなどと比較しても大きい災害、しかもそれらの数十年後に起きた事故ということをみて
も、とても優秀であると断定はできないはずだ。

三つ目は「事故を招いた構造的原因を徹底的に究明し、より安全性を向上させた上で原発
を維持することです。」という意見を言う一方で、調査や原因究明をする前に二つの断定
をしていることは大いに矛盾する論理ではないのか。

どうもこの手の保守主義者の観点があまりにも国益に偏っていて、人類の存続といった大
きな観点が欠けているように感じられる。国益を守れても地球上に人間が一人も住めなく
なったら結局元も子もなくなるだろうにと思ったことだった。




原発について
2012/6/22

碇さんや被災住民さんの原子力発電に関しての見解に私も基本的に同感である。
私は東日本大震災のすぐあとで下記のようなコメントをここで書いたことを思い出した。
<イカロスの羽根 2011/03/18>
今度の原発事故を見るとギリシャ神話のイカロスを思う。
ダイダロスとイカロスの親子はミーノース王の不興を買い、迷宮(あるいは塔)に幽閉さ
れてしまう。彼らは蝋で鳥の羽根を固めて翼をつくり、空を飛んで脱出したが、イカロス
は父の警告を忘れ高く飛びすぎて、太陽の熱で蝋を溶かされ墜落死した。

 とにかくこのシステムはなかなか閉じることをしない危険さを含んでいる。核廃棄物は
活動を停止するまで数千年数万年。暴発しないように冷却しながら30年、その後数万年
の間地中深く保管を必要とするという。しかし今回、反応を続け放熱を止めない使用済み
燃料を制御するための保管プールの水が涸れ、高温爆発したことによる事故である。これ
からもまたこのような災害や人的ミス、機能停止などの正常な管理がされない状態に陥れ
ばいつでもこのような事故が起きることになる。
 水力発電や火力発電のように不慮の時に中止をしようとすれば、その後の危険は何もな
い状態にすべてのシステムが停止できるが、原発だけは何十年も危険を出し続けるという
閉じな いシステムであることを心すべきだ。

 人類は今、一昔前には自然の行為でなかった、神の領域であるかもしれない遺伝子操作
や臓器移植、人工授精、脳死問題などの社会的問題が生じるのと同じく、核融合や核分裂、
核兵器などの禁断の実に手を出し、自然のバランスを壊し人類の未来を終焉に向かわせよ
うとしているように思えて仕方がない。

<朝日新聞・論壇時評  2011.05.26>
非正規の思考という副題のついたコラムで、原発について二人の見解が面白かった。
関曠野氏は、原子力は本来ニュートン物理学の枠外に位置しているものとする。それは、
日常の感覚では理解できない種類の存在であり、それ故、人びとを不安に陥れ続けるので
ある、と言っている。

中沢新一氏は、生物の生きる生態圏の内部に、太陽圏に属する核反応の過程を「無媒介」
のまま持ち込んだ原子力発電は、他のエネルギー利用とは本質的に異なり、我々の生態系
を破壊する、と言っている。
福島原発の事故で、今までいろいろのコメントの投稿を見てきたが、経済的、効率的、有
害性、での有用性などの卑近な問題解決に始終しているようで、関氏や中沢氏のようにも
っと大きな観点からの有用論、不要論の論を見なかったのが残念だ。

私は以上の人達が示したような、原発または石油・石炭・自然再生エネルギーなどの経済
的な効率の比較やメリットの論議で、反対・賛成を論ずることでなくもっと根源的な観点
で、原発がはたして人類の未来にとって許されるものかどうかというところから考え直さ
なければならないと思う。

最後に、東電は想定外の津波による災害だと断じているが、冷却水の二次電源が設置され
ていなかったという欠陥以前に、私はあの強烈な地震の揺れによる縦横に走る繊細な配管
類が破壊された可能性があったのではないか。原発の基本的な部分は地震に耐えるように
設計されていても、それを支えるものが破壊されればシステムは動かなくなり、早晩今回
の事故は起こるであろう。東電はこのことを話題にされたくないであろう。なぜなら、地
震による破壊は絶体にないと安全宣言して原発を作ってきたからである。

また、いくら安全の精度を上げてシステムを守っても、人間の操作ミス、意図的な作為に
よる機能破壊はまったくゼロにはできない。それを考えると人類の未来に持ち越すような
災害をなくすためにも、機能停止が即座に満足に出来るようなシステムを確立してエネル
ギーを得るしかない。限りなく安全に考慮するとか、これからエネルギーの不足で経済活
動に支障がある等と言った議論でことを納めるのではなく、全廃にすべきだということが
私の反対の基本的な考えである。

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