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『艦隊は動かず』

 投稿者:元・マンハッタンの釘曲げ屋メール  投稿日:2017年 6月21日(水)10時58分51秒
返信・引用
  畏友、中川秀彦氏が新刊を出されました。

『艦隊は動かず』(牧歌舎)です。

日露戦争に於ける当時のロシア領で、本来はフィンランドであるリバウ港を出港したバルチック艦隊が
出港直後に英国の漁船を日本の駆逐艦と間違えて撃沈し、激怒した英国の外交戦術によって
燃料搭載や補給を予定していた各国の港へ寄港出来ず、
やっとの思いで到着した、仏領ベトナムのカムラン湾で石炭搭載や補給にベトナム人へ
無理を強いた歴史を小説化されています。


♪1、海路一万五千余哩 万苦を忍び東洋に 最後の勝敗決せんと 寄せ越し敵こそ健気なれ♪


中川氏は、この隠れた歴史を書き起こされるべく、十年以上前から家族を伴われてベトナムへ移住され、
現地でベトナム人が日本企業とのビジネスを興す為の専門学校を設立し、
その傍らで歴史資料を調査の上で、今回の出版を行われた様です。

僕が彼を知ったのは、2000年にP-WORLD上にマンハッタンのHPを掲載した頃、
G!様が『こんな海軍のHPが有りますよ。』との紹介を下さったのが始まりでした。

中川氏と初対面の印象は、飄々とした人柄ながら、目標に対しては完遂される強い意志を持たれた方だな、
というものでした。

その後、数回は僕が上京したり、中川氏が福岡へ来られたりしていましたが、
十年ほど前にベトナムへ移住された、と聞いた時には本当に驚きました。

しかし、それは今回の出版を意図されての事だったのですね。

その遠洋壮大な意気と実行力、そして隠れた歴史を書き残す、という気宇壮大な思いに、
心から敬意を表します。

中川氏こそ、平成の御代に於ける『大和魂』だと僕は確信しています。


♪2、時これ三十八年の 狭霧も深き五月末 敵艦見ゆとの警報に 勇み立ちたる我が艦隊


3、早くも根拠地後にして 旌旗(せいき)堂々荒波を蹴立てて進む日本海 頃しも午後の一時半

4、霧の絶間(たえま)を見渡せば 敵艦合せて約四十(しじゅう) 二列の縦陣作りつつ 対馬の沖にさしかかる

5、戦機今やと待つ程に 旗艦に揚がれる信号は 「皇国(みくに)の興廃この一挙 各員奮励努力せよ」

6、千載不朽(せんざいふきゅう)の命令に 全軍深く感激し 一死奉公この時と 士気旺盛に天を衝(つ)く

7、第一第二戦隊は 敵の行手を押さえつつ その他の戦隊 後より 敵陣近く追い迫る

8、敵の先頭「スウォーロフ(スワロフ)」の 第一弾を初めとし 彼我の打ち出す砲声に 天地も崩るる斗(ばか)りなり

9、水柱白く立ちのぼり 爆煙黒くみなぎりて 戦(たたかい)愈々(いよいよ)たけなわに 両軍死傷数知れず

10、されど鍛えに鍛えたる 吾が艦隊の鋭鋒に 敵の数艦は沈没し 陣形乱れて四分五裂(しぶごれつ)

11、いつしか日は暮れ水雷の 激しき攻撃絶間なく またも数多(あまた)の敵艦は 底の藻屑と消えうせぬ

12、明くる晨(あした)の晴天に 敵を索(もと)めて行き行けば 鬱稜島(うつりょうとう)のほとりにて 白旗掲げし艦(ふね)四隻

13、副将ここに降を乞い 主将は我に捕らわれて 古今の歴史に例(ためし)なき 大戦功を収めけり

14、昔は元軍(げんぐん)十余万 筑紫の海に沈めたる 祖先に勝る忠勇を 示すも君の大御陵威(おおみいつ)

15、国の光を加えたる 我が海軍の誉れこそ 千代に八千代に曇(くもり)なき 朝日と共に輝かめ♪


また、この本の発行日は、本年5月27日、日本海海戦に勝利した海軍記念日なのですから、
実に粋な中川氏の配慮です。


なお、海戦後に捕虜となったバルチック艦隊の水兵が、艦隊の出航当時からの動向と内部事情を
詳しく書き綴った労作が出版されています。

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%84%E3%82%B7%E3%83%9E-%E4%B8%8A-~%E3%83%90%E3%83%AB%E3%83%81%E3%83%83%E3%82%AF%E8%89%A6%E9%9A%8A%E9%81%A0%E5%BE%81-%E3%83%8E%E3%83%93%E3%82%B3%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%9C%E3%82%A4/dp/4562045396
 

父の日

 投稿者:元・マンハッタンの釘曲げ屋メール  投稿日:2017年 6月14日(水)11時51分23秒
返信・引用
  先日は、長男が岡山で開催されたリハビリテーション学会で講演を行ったそうです。

その翌日、『父の日』として、長男の妻の両親と僕ら夫婦を招いて夕食会をしてくれました。

あちらの御両親は御二方とも趣味がゴルフで、次の日は朝早いスタートらしく、長男も結構なテンポで接待してくれました。

画像一枚目は、岡山土産で名物の吉備団子ですが、何と!リハビリ学会用の特製品だそうで、団子に学会の文字が入っていました。

画像二枚目は、長男の講演内容を示すパソコンの画面ですが、門外漢の僕には全く理解できません…。

画像三枚目は、そのパソコンを見ながら長男の説明を聞いておられる、あちらの御両親です。

翌日に備えて、御両親は2030頃には帰られましたが、僕は相変わらず意地汚く2100過ぎまで残っていた焼酎を呑みながらクダを巻いておりました。

う~ん…、やはり学歴と知識の壁と差は大きいですねぇ…。


パソコンの画面を見ながら長男の説明に頷かれ、或いは質疑応答を繰り返される三人を傍観していますと、

頼もしいような、話題に付いていけない我が身が情けない様な、あちらの御両親が羨ましい様な心境でした。
 

甥の体育祭。

 投稿者:元・マンハッタンの釘曲げ屋メール  投稿日:2017年 6月 7日(水)11時12分17秒
返信・引用 編集済
  先日は、土曜日の仕事をバタバタと片付けて、西新に在る居酒屋?の『とみ善』へ行きました。

こちらの女将は、家内と小・中・高校の同級生ですので、ツキイチ位で家内が友人と会う様な感覚で行きます。

御主人の実家は糸島方面で漁師をしておられるらしく、
地魚料理(ウマヅラ、カワハギ、ハコフグなど)を出されます。

就中、ハコフグは珍味中の珍味では?と思います。

これは冬の料理ですが、普通のフグは内蔵や血液にへトロトドキシンという
呼吸器系統を麻痺させる毒素が有るのですが、ハコフグには毒素が無く、
腹を開いて合わせ味噌などの調味料を入れて、腹を上にして背の方からジンワリと焼きます。

(一部の地方で水揚げされるハコフグには毒素を持つ個体も有るそうですので、あくまでも自己責任ですね。)

調味料がフツフツと滾れば出来上がりで、調味料と合わさった内蔵をスプーンで掬って食べます。

しかし、冬の間でも入荷が無い時が多く、滅多に食べる事が出来ません。

また、この食べ方は普通の方達には理解不能らしく、僕が食べていると、
まるで異星人を観る様な目付きになる方も居られますねぇ…。

(御主人と女将さんの話によれば、『あなたの魚好きは特別です。』との事ですが、
自分自身では特に『魚好き』という意識は有りません。)
http://www.zukan-bouz.com/syu/%E3%83%8F%E3%82%B3%E3%83%95%E3%82%B0

この日は、見繕って下さった付きだし二品、それにソーセージ、牛サガリ、豚バラ、
アゴ(メザシを注文したのですが生憎品薄で、オススメの焼きアゴに代わりました)、
名物の焼きラーメンを注文しました。

焼きラーメンを名物にしている店は多いと思いますが、こちらの焼きラーメンは、
マルタイラーメンを使用する、僕に言わせれば『正統派の焼きラーメン』であり、
マルタイラーメンの社長も噂を聞きつけて来店され、太鼓判を押されたモノです。


しかし、やはり寄る年波には勝てず、甚だ残念ながら量を食べる事が出来なくなりましたねぇ…。

こちらの御店主は、超熱心なホークスファンであり、球団関係者も来店される様で、
僕自身も何度か王会長の隣に座らせて頂く栄誉に与った事が有ります。



翌日は甥(義妹の長男で、僕にとっては最も年少の甥です)の体育祭でしたので、
例年と同じく僕には彼の父親代行として召集が掛かりました。

最近の体育祭は、昼食の為の場所取りが熾烈だそうで、義妹は0630の運動場開場に備えて
0600から校門前に並び、場所を確保してから帰宅して弁当を拵えたそうです。

僕らは甥が出場する競技の20分ほど前に着き、甥の競技を眺めて義妹が準備してくれた弁当を食べました。

姪が娘二人を連れて来ていましたので、久しぶりに会った彼女たちには、ラムネやカキ氷を買いました。

学校側は、この様な露店を認めていないらしく、露店の周囲には
『交通の妨げになりますので、露天は禁止します。校長』との張り紙が其処彼処に為されていました。

しかし、『露店』と書くべきなのに『露天』と書いてありました。

僕は最初、『何を露天にしてはダメなのか?』と考えてしまいましたが、
カキ氷を買いに行ってから意味が分かりました。

中学校の先生、大丈夫でしょうか?


画像一枚目は、焼きラーメン(すみません、少し食べてから画像を撮りました。)と、バラ串焼きです。
二枚目は、体育祭のクラブ紹介での甥が所属するバスケットボール部です。
三枚目は義妹が拵えた弁当です。
 

柴犬男様!

 投稿者:元・マンハッタンの釘曲げ屋メール  投稿日:2017年 6月 6日(火)18時19分54秒
返信・引用
  御無沙汰致しております。
御投稿を有難うございました。

先日は御社にて御開催の『バカラ・マイセン・ガレ展』に伺いまして、眼福を頂戴いたしました。

そうですね、ラ・ポール1丁目様は5月末で廃業された様ですね…。
佐賀県と熊本県にも店舗展開されてありましたが、そちらもP-WORLDのHPが無くなっています。
経営されていた方は確か三代目で、我々は『ナベちゃん』と親しみを込めて呼んでいました。

『マンハッタン』を廃業する1年ほど前に、組合の天神支部長として推薦し、
『え~、俺は何も分からないよ~!』と固辞されるのを
僕が『だぁいじょうぶ!僕も組合の理事として全面的にバックアップしますから、心配する事ぁな~~んも無か!』
と、説き伏せて支部長に就任して頂きました。

当時は、『マンハッタン』を廃業するとは思ってもいませんでしたので、その1年後に廃業を支部長に告げた時には、
『え~、ウソやろ?あの約束は、どうなるとね?』と、随分悔やまれながらも送別会まで催して下さいました。

ナベちゃんは事業に熱心な方で、KBCラジオの番組スポンサーになられたり、
アイドルグループ『LINQ』の支援をされたり、『ソースコ』等の調味料を開発製造販売や
島田洋七さん関係の食品の販売もしておられます。

柴様の御言葉の様に、昭和の時代に建てられた街中の(今となっては)小規模パチンコ店舗の
経営は甚だ困難な世の中だと思います。

『好々爺』との御褒詞、まことに有難う存じます。
今後共、精進いたします!
 

さらば、昭和風情の店達よ!

 投稿者:柴 犬男  投稿日:2017年 6月 6日(火)00時49分0秒
返信・引用
  ご無沙汰しております。
本日、ヤボ用で清川付近に行ったのですがラポールさん廃業されたんですね。私が若い頃にはあの近辺に大丸、福岡会館等多くのホールが営業してましたが最後の砦が陥落したようで何か寂しい気持ちになりました。
少し前には中洲のラッキーさんも撤退したと聞きましたし昭和の薫りがするホールは中洲のMJさんだけになり時代の流れには逆らえないとしみじみと感じております。言われて見れば私も来年で50才・・・釘曲げ屋さんの様な素敵な好々爺に成りたいと思う今日この頃でございます。
 

最近の出来事。

 投稿者:元・マンハッタンの釘曲げ屋メール  投稿日:2017年 5月31日(水)11時10分44秒
返信・引用 編集済
  伯母の四十九日法要と納骨を行いました。

伯母が早い時期に納骨堂を購入していましたので、そのお寺で法要を行いました。

こちらのお寺は、通夜、葬儀、初七日、戒名、そして今回の四十九日と納骨の法要に関する御布施は、
事前にハッキリとした金額を提示して下さいますので、安心です。

四十九日の読経は御住職が直々に45分程も上げて下さいました。
その後、納骨になりましたが、住職が先導されて、伯母の終の棲家となった扉を開けて下さいましたので、

僕が骨壷を奉じて続き、安置するのに奥へ付けるべきか、隅に寄せるべきか迷っていましたら、
住職が『中央に置いて下さい。』と、教えて下さいました。

その後、住職が施錠されて焼香、一同で礼拝しました。

『ここは、午前九時から午後六時まで御自由に礼拝できます。扉を開けますと灯りが点りますので、蝋燭は不要です。
この中にライターを入れておきますので、線香にはライターで直接、火を点けて下さい。
お供え物ですが、腐る物は避けて下さい、その他の物も三日間経ちますと、こちらで下げますが、
出来るだけ参拝が終わったら持ち帰られて下さい。
また、生花は蚊が寄り付きますので、備えないで下さい。
扉を開けた時に点いた灯明は、扉を閉じると消えますが、線香に火が点いているときは危険ですから、
お帰りになる時も扉を閉めないで下さい時間が来ますと、こちらで閉めに来ます。』
と、住職から説明が有りました。

読経と納骨、説明で一時間少々でした。



5月27日は、海軍記念日でした。
例年と同じく、筥崎八幡宮では『日本海海戦記念大会』が挙行され、宮司が直々に祝詞を奏上された様です。

残念ながら、僕は今年も行けませんでしたが、
洋上慰霊祭に参加される皆様が乗られる軍艦を見よう、と中央埠頭へ行きました。

例年と違い、軍艦番号が4桁のフネでしたので、『あれ、いつもと違うな!』と思いながら車から降りますと、

また例年と違って、フネの手前にはフェンスが設置され、水兵が警備中でした。

(いつもですと、フネの直ぐ側まで行く事ができますが、今回は近付く事は許されず、
『写真を撮りたい』と言っても『ここからでお願いします!』との事でした。)

また、例年ですと、フネは佐世保地方隊から指令駆逐艦が来て下さるのですが、
今回は呉から来て下さった訓練支援艦の『くろべ』でした。

恐らく、佐世保地方隊は日本海の警備が大変なのでしょう。

(そう思っていたら、月曜日の早朝に『北』が、またミサイルを撃ちましたね…。
北朝鮮の発表では、『目標から7メートルの誤差で着弾した』との事ですが、
仮に事実とすれば、我が国の原発は未曾有の危機に晒されている、という事になります!)

また、北朝鮮のミサイル問題を隠れ蓑として、『漁夫の利』とばかりに南シナ海や東シナ海で
腹黒い事ばかりを実行している国を忘れてはいけません…。


少し古い話ですが、まことに粋な我が海軍さんらしいエピソードが有った事を思い出しました。

たしか2000年の話だった、と思います。

『7月5日早朝、マンハッタン西岸ハドソン河沿いのピアに繋留中の「かしま」の横へ、
7万噸の「QE2」(クイーン・エリザベス2)が入港してきた。

その朝、ハドソン河には、2ノット半の急流があって、流れに押された巨大な船は、
あれよあれよと言う間も無く、右舷前部を「かしま」の艦首部分にこすりつけた。

隣りのピアへ接岸後、「QE2」の機関長と一等航海士が船長のメッセージを持って「かしま」へ謝りにきた。

応対に出たのは、練習艦隊司令官 吉川栄治海将補と「かしま」艦長上田勝恵一等海佐の二人。

「幸い損傷も軽かったし、別段気にしておりません。エリザベス女王陛下にキスされて光栄です」
相手の詫び言に対し、上田艦長がそう答えた。

これが大評判になった。

これを「タイムズ」や「イブニング・スタンダード」などの各紙が記事にしてニューヨークに於いては無論のこと、

日本のネイバル・オフィサーのセンスを評価する声が高かったという。

前日が、今世紀最後のアメリカ独立記念日で、洋上式典に参加する為、
世界各国の帆船170隻、海軍艦艇70隻がニューヨーク港に入っており、
何千人もの船乗りの間に忽ち噂が広まって行ったものらしい。

普通ならニュースにもならぬ小事故で、
「かしま」は大使五人分ぐらいの国威発揚をしたとの賛辞もあったそうだが、

これは、吉川司令や上田艦長はあづかり知らぬこと。ましては、口にはせざること。

「サイレントネービー」の伝統と、良き時代の帝國海軍の、
「ユーモアを解せざる者は海軍士官の資格無し」の心構えとは、
海上自衛隊の戦後生まれのオフィサーたちにも、きちんと受け継がれているもののようである。』




駐車場の拡張工事後、やっと少し落ち着いてきた、と思っていましたら、
すぐ近くに7台収容のコインパークが完成しました。

世の中は競争が厳しいですねぇ…。
 

母の日

 投稿者:元・マンハッタンの釘曲げ屋メール  投稿日:2017年 5月24日(水)10時35分8秒
返信・引用
  先週の日曜日は、家内の実家へ行き、義母の希望でスーパーマーケットへ買い物に行きました。
買い物が終わり、義母を実家へ送り届け、その後は駐輪場と駐車場の点検と清掃、
亡くなった伯母の自宅を点検し、賃貸物件のエアコン交換工事の進捗状況を確認し、
川端通りのラーメン店で昼食でした。

このラーメン店には初めて行きましたが、こちらの女将さんは伝票を書かず、
全て女将さんが注文品を記憶してレジ処理をされる事で有名だそうです。

家内と僕は10分ほど並んでから、名物らしい650円の特製味噌ラーメンを食べましたが、
ごく普通の味噌ラーメンで、家内は隣のテーブルの焼き飯、僕は同じく隣の皿うどんが美味しそうに見えました。

近い内に、焼き飯と皿うどんを食べに行きたいですねぇ。


先日の土曜日は、長男一家から夕食に招待されました。

長男が贔屓にしている精肉の佐竹商店が、『母の日・父の日セット』と銘打って、
イタリア製ビールと焼肉のセットを売り出しており、このセットを夕食にして、
長男の嫁の両親と僕らを招待してくれたのですが、残念ながら、長男の嫁の両親が失念されていたらしく、
長男宅へ行ったのは僕ら夫婦だけでしたので、『ビールと焼き肉セットは次の機会に』、
となりました。

(御到着が遅いので、長男の嫁が実家へ電話して、御失念が分かったそうですが、
時すでに遅く御両親は夕食を済まされていたそうです。)

長男の嫁の父上は、しばらく前に僕が差し上げていた『枢密院議長の日記』という本を読了され、
その感想を僕に話される事を楽しみにしておられたらしく、残念がっておられたそうです。


今年の家内の誕生日に、家内が庭でバラを育てるのにアーチを贈りましたが、今年はバラの成長が素晴らしく、
画像の様な出来になりました。
(バラ用のアーチを設置じた状況は、3月1日付けの日記を御笑覧下さいませ。)


『アルキメデスの大戦 第6巻』、楽しく読みました。

この作品は、僕の長男が立ち読みしているらしく、『ゆっくり読めるのは楽しいねぇ。』と、たまに我が家へ来ては単行本を読んでいます。


画像一枚目が、特製味噌ラーメン

画像二枚目は、長男宅で用意された夕食(大人6名分、長男の嫁の御両親が来られませんでしたので、
長男夫妻と頑張って食べましたが満腹以上、とてもたべきれませんでした。)

画像三枚目は、家内の期待以上に咲いたバラです。
 

『うろん』を食べながら

 投稿者:元・マンハッタンの釘曲げ屋メール  投稿日:2017年 5月17日(水)10時42分45秒
返信・引用
  4月10日に亡くなった伯母が遺した仕事に取り組んでいます。

92歳と高齢でしたが、女性ですので僕が入りにくい領域も多く、家内が手伝ってくれています。

家内には手数を掛けますので、そんな時の昼食は家内の希望に添う様にしています。

赤坂門界隈は世代交代なのでしょうか、新しい店舗が彼方此方に出来ていますね。

最近、地下鉄赤坂駅近くのビル地階にうどん店が開店されましたので、家内の希望で行きました。

赤坂門付近は、うどん、ラーメン、蕎麦など麺類の店舗が多いですね。

ラーメンでは『しばらく平和台店』さん、蕎麦、うどん、丼物では歴史ある名店の『信濃庵 総本店』さんを始めとして、
うどん店でも『松島』さん、『釜切り』さん等の個性的な店が有りますが、新しく開店されたのは『八幡うろん』さんです。

初めて暖簾を見た時、『門幡』と書いてある様に感じましたので、『かどはた』だろうか?
『もんはた』だろうか?と思いましたが、どうやら『八幡』で『はちまん』と読む様です。

『うろん』とも書いてありますので、もしかすると北九州市八幡のうろんなのか?
とも思いましたが、『うろん』と呼ぶのは福岡だけなのか、北九州でも『うろん』と
発音するのか、僕には分かりません…。

とにかく入店しまして、僕は『南関あげうろん』、家内は『水田ごぼううろん』を注文しました。

『南関あげ』は、熊本県南関町の名産で、スーパーマーケットでも入手できますね。
僕は、このアゲを味噌汁や鍋物に入れるのが好きです。
『水田ごぼう』は、熊本県菊池市で古くから稲作が終わった後の裏作物として栽培されている、
色が白くて柔らかいゴボウです。

『うろん』には『こんにゃく寿司』が付いていて、これは稲荷寿司の揚げの代わりにコンニャクを使ってあります。

『うろん』は、福岡には珍しい『きしめん』の様に薄くて幅が広い麺でした。


昼食を終えて伯母宅へ戻り、作業を続けますと、引き出しの中から十数枚の記念硬貨が出て来ました。

伯母が意図的に集めた硬貨ではなく、お客様が支払われた硬貨の中から伯母が取り出しておいた硬貨だろう、
と思いましたが、中には1964年の東京オリンピック記念の百円硬貨と千円硬貨も有りました。

伯母は、『公正証書遺言に記載されていない遺品は、すべて僕の二男へ遺贈する』と
記入していましたので、この硬貨は、僕の二男に所有権が移る事になります。

もう45年近く前、僕が中学生だった頃に東京オリンピック記念の千円硬貨はコレクターの間で
7000円位で流通していた事を思い出しました。

念の為に、『記念硬貨買取ります』等の広告を出してある店舗へ問い合わせてみました。

『今は、もう記念硬貨を集める趣味は廃れてしまっていますから、
額面通りの金額にしかなりません。銀行へ持って行って下さい。』
が、問合わせた数軒の店舗からの回答でした。

買取の対象となるのは、金貨や平成の着色記念硬貨だけだそうです。

こんな事からも『昭和は遠くなりにけり』を感じますねぇ…。
 

どんたく

 投稿者:元・マンハッタンの釘曲げ屋メール  投稿日:2017年 5月10日(水)09時44分22秒
返信・引用
  『どんたく』が終わりました。

天神でパチンコ営業をしている頃は、最悪の連休でしたが、現在は当時を思い出すばかりです。

しかし…、『どんたく』には家内の友人が舞台に出演しますので、
家内や家内の友人達と舞台を見に行く事になります。

芸達者な方達と違い、その方面に僕は全く不調法ですので、出演して何が楽しいのか理解出来ませんし、
まことに申し訳ない事ながら、観ても楽しいと思える事は珍しいですねぇ…。

しかしながら、まぁ付き合いの一つとして例年、家内と拝観に出掛けます。

家内の友人が踊るのは、『ベリーダンス』という中東が発祥らしいダンスですが、
幾らか肉体を露わにして体をくねらせ、男性を挑発する様な踊りですので、
家内の友人を対象として観るのは異性として抵抗が有りますねぇ。

彼女は多趣味で、他にも様々なカルチャー講座に通っているそうですが、
特にベリーダンスには御執心らしく、宴席やパーティー等の機会があればベリーダンスを
披露しているそうです。

また、家内とは中学の同級生ですが、僕の長男の大学の大先輩であり、
福岡市内で皮膚科クリニックの院長先生でもあります。

例によって踊りが始まる時間の少し前に舞台へ僕らが着きますと、
彼女は僕らを目ざとく見つけて、何故か僕の事を『パパ~、きょうも来てくれて有難う!』と
手を振りながら近付き、皮膚科の診察そのままに僕の手を握ったりします。

(特に意味は無いらしいのですが、皮膚科医の習性として彼女は傍にいる人の手を握ったり
体を触ったりする事が多いですね。)

そんなこんなで今年も彼女の舞台を二日間、堪能させて頂きました。

しかしながら、いつもの事ですが、目の遣り場に困る事も事実ですねぇ…。
 

つけ麺

 投稿者:元・マンハッタンの釘曲げ屋メール  投稿日:2017年 5月 3日(水)09時14分31秒
返信・引用
  殆ど毎日、赤坂門の駐車場と駐輪場へ清掃と点検に行くのですが、最近は赤坂門付近にも外国人旅行者が増えましたね。

ガイドブックやスマートフォンを片手に歩きながら、同伴者と話しておられる姿を良く見掛けます。

また、駐車場や駐輪場の掃除をしていると、土地勘が有ると思われるのでしょうか、
ガイドブックやスマートフォンを持っておられても道に不案内な方から道を尋ねられる事
も増えました。

その方法も様々で、お国柄や人間性が良く出ている様に思います。

丁寧に英語や日本語で尋ねる方、黙って地図や店名を指で示し肩をすくめる方、
強引に腕を掴んで自分の方に引き寄せてガイドブックやスマートフォンを見せる方等など…。

こちらも困っておられるようですので、出来るだけ協力をする様にしていまして、
拙い英語で道順を説明していますが、中には説明を聞こうともせずジェスチュアーで
『一緒に来てくれ!』と示される方も少なくありません。

その様な方達が探してある店舗は、まず手頃な価格であるらしい居酒屋さん、
中々予約が難しいらしいモツ鍋屋さん、長い列が出来ているツケ麺屋さんですね。

そのモツ鍋屋さんには一度だけ行った事が有りましたが、ツケ麺屋さんには行った事が有りませんでした。

先日、家内の友人が某イベントに出演する事になり、その鑑賞?と駐車場と駐輪場の
清掃と点検を兼ねて赤坂門へ行きました。

思ったよりも早い時間に着き、清掃も捗りまして、昼食時になりました。

家内と何を食べるか相談しましたら、家内が『ツケ麺屋さんに行こう!』と言いますので、そうしました。

既に店外まで行列が出来ており、20分ほど並んだところで店員さんが
『はい、二名様ですか?どうぞ食券を買って下さい。』と案内されました。

僕は最もポピュラーらしいツケ麺、家内は四月限定の煮干ツケ麺を選びました。

大盛りは150円増し、との事ですが、200グラムの普通麺と300グラムの中麺は同じ価格、
との事でしたので、僕は中麺、家内は普通麺でお願いしました。

更に並ぶ事10分位で店内の席へ案内されて、やはり10分程度の待ち時間で注文品が供されました。

かなり麺は太めですが、ツケ出汁は温度が低めですので、猫舌でも犬舌でも大丈夫です。

しかし、やはり中麺の量は多かったですね…、もはや僕のトシでは普通麺の方が良い様です。

それでも完食しまして、残ったツケ出汁に割り専用スープを入れて、少し味わいました。

家内が食べたのは、画像二枚目の『四月限定 煮干し』普通麺で850円、煮干しが効いています。
僕が食べたのがスタンダードらしい、画像三枚目の『辛辛麺』中麺です。

一見すると唐辛子が山盛りですが、魚粉の上に唐辛子が盛ってあります。
魚粉の舌触りで好みが分かれるとは思いますが、いやはや大繁盛でした。
 

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