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記念日

 投稿者:元・マンハッタンの釘曲げ屋メール  投稿日:2017年 7月19日(水)10時56分47秒
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  先日は、僕にとっては最も重要な?記念日でした。

家内と初めて出会った日です。

37年前(だったと思います)、山笠の『集団山見せ』が終わった夕方、
雨が降る中を約束のホテルのロビーへ行きました。

通常の見合いとは違って、事前に写真や身上書の交換も無く、ぶっつけ本番の見合いでした。

ロビーで、本人と両親、仲人さんに会いました。

何れも僕には初対面でしたが、何故か仲人さんはガキの時分の僕を御存知だったのが意外でした。

ホテル最上階のレストランの部屋が予約してあり、席に着くと僕は超下手くそな
自筆の身上書を仲人さんへ差し出しました。

仲人さんは極く簡単に目を通されると、先方の両親へ身上書を渡されましたが、
先方は読んだのか読まなかったのかが分からぬほどの時間で身上書を仕舞われました。

食事の時間は二時間半位だったでしょうか、主に仲人さんが話題を出されて、
どちらも曖昧な返事を繰り返していた様に思います。

食事が終わると仲人さんは、『それでは、二人で山笠見物でもなさると良いでしょう。』と、
仰り、帰っていかれました。

先方の両親は、
『二人で散歩でもして、あまり遅くならない時間にウチへ送って来て下さい。本人の祖母が、
あなたに会ってみたい、と言っていますので。』と言って、やはり帰っていかれました。

雨が降っていましたし、『山笠見物でもしますか?』と本人へ尋ねましたが、
山笠には興味が無さそうでしたので、タクシーに乗り、僕の馴染みの喫茶店へ行きました。

その喫茶店は気を利かせて、僕がいつも座るカウンターから離れた6人掛けのテーブルを用意して下さり、
そこに僕らは座って、コーヒーを飲みました。

小一時間ほど差障りのない話をして、タクシーに乗り、彼女の家へ行きました。

家に着くと、門が開け放たれて玄関は煌々と灯りが光っていました。

玄関から家の中に入ると、和服姿の祖母様が待っておられました。

後から聞いた話ですが、祖母様は僕の訪問に備えて、
和服を数着も出されて其々試着されては鏡に映して確認されていたそうです。

御家族とは、やはり差し障りの無い話を小一時間ほどして、お暇を告げますと、
両親に促された本人と小学生だった彼女の妹がタクシーの通る大通りまで僕を見送りに来ました。

こちらも半分は義理の様な見合いだという感じが有り、きっと先方も同じだろう、
と考えながらタクシーに乗り、彼女達へ手を振って別れました。

恐らく断りの返事が来るだろう、と僕は考えていたのですが、何と!僕の予想は外れて、
仲人さんから『先様は乗り気ですから、話を進めます。』という電話が有ったのは、その翌日でした。


僕は、愚妻の誕生日、結婚記念日、そして見合いをした日には、小さいながらも愚妻へ花を贈ります。

そして、ごく細やかですが、二人で食事をする事にしています。



画像一枚目は、例の如く僕が贈ったフラワー・アレンジメント

二枚目は、家内の希望で行った、『侑久上海 高砂店』の排骨麺(豚肉の衣にはカレー粉が混ぜてありました)

三枚目は、家内の好物である、酸辣湯面ですが、家内には酸味が足りなかった様で、
卓上に置かれていた黒酢を大量に足していました。
 

国を思えば、

 投稿者:元・マンハッタンの釘曲げ屋メール  投稿日:2017年 7月12日(水)11時05分12秒
返信・引用
  国際連合は、何のために存在しているのでしょうか?

昭和初期まで、大日本帝国が加盟していたのは、国際連盟で、
国際連合は第二次世界大戦中の1943年に米国、ソ連、英国の外相会議で構想され、
大戦後に発足した機関で現在では殆どの国が加盟しています。

スイスは『永世中立国』ですので、加盟国と非加盟国の中立を維持するため、長い間、
非加盟でしたが、十数年前に加盟した様ですね。

『永世中立国』とは、随分耳障りが良い言葉で、僕が小学生の頃、
(今にして考えれば)熱心な日教組側教員だった僕の担任教諭は、
『永世中立を宣言して、絶対に戦争しない素晴らしい国!』と絶賛を惜しみませんでした。

純真だった僕は先生の言葉を素直に吸収していましたが、後で考えますと、
確かに自国は戦争をしなくとも、特に戦争に反対する立場でもなく、
あくまでも自国の利益のために中立を宣言していた、と思えます。

険しい山脈に囲まれた国土のスイスは、特に工業力は無く、豊富な水源を利用した発電、
宝飾類の加工、精密時計の製造の他、最も利益を上げていたのは、中立による絶対秘密保持が可能な金融業です。

特に、ヒトラーから迫害を受けていたユダヤ人は、その莫大な富を移住や避難に際し、
世界で最も安全と思われていたスイスの金融機関へ託しました。

しかしながら、御承知の通り、ヒトラーの政策によってユダヤ人は迫害を逃れる事ができず、
多くの人が非業の死を遂げました。

その方達がスイスの金融機関へ託した莫大な財産の行方は、大部分が行方不明だそうです…。


話が逸れましたが、国際連合を運営する費用は、少し前の資料ですが約52億ドル、
米国が最も多い22%を負担し、次が日本で12,5%、3位がドイツ8%、4位イギリス6,6%、
5位フランス6,1%で、中共は3,1%、ロシアは僅か1,6%です。

これは、国民総所得に基づいて分担が決まりますが、安全保障理事会の常任理事国では無い
日本の負担額が多いですね。

日本は安全保障理事会には参加できず、米国などが日本の意を汲んで提案した事でも、
僅か一国が拒否権を発動するのみで行使不能など、本当に馬鹿げています。

慰安婦問題などでも、日本の意見は殆ど反映されず、むしろ他国の間違った報告が取り上げられるなど、
全く日本の利益には適っていません。

国際連盟を脱退した時の松岡洋右外相(僕個人では全く好きではない人物ですが)の様に、
脱退する事を考慮するのも、国益に適うと思います。
 

また一つ、進みました。

 投稿者:元・マンハッタンの釘曲げ屋メール  投稿日:2017年 7月 5日(水)11時36分26秒
返信・引用
  伯母宅に整理業者が入り、作業は蒸し暑い中で粛々と進みました。

業者にしてみれば日常の作業ですから、それが当然なのですが、
やはり身内の人間から見れば何か物哀しい気がしました。

物品が運び出される度に、『ああ、あれは伯母が愛用していた品物だ。』、
『あれは買ったばかりで、あの時は使い方を何度も説明した。』
『あの洋服と靴は、一緒に買いに行った。』等々、幾らか予想はしていましたが、
やはり思い出す事が多く、僕は途中から業者に任せて、伯母宅を離れました。

幸いに当日は曇りがちながらも雨は降っていませんでしたが、運び出す量を思うと、
『きょう一日じゃ終わるまい。』と思っていましたが、0900から始まった作業は、
ものの見事に1800に終わったそうです。
さすがは専門家ですねぇ。

とてもシロウトでは搬出出来そうに無かった大型冷蔵庫も、
彼らに掛かれば、いとも容易く軽々とトラックの荷台へ積み込まれた、との事でした。

作業終了後、伯母宅へ行きましたが、綺麗に掃き清められた室内は、当然ながらガランとして、
伯母の生活の跡は感じられませんでした。

仕方がない事とは思いますが、やはり伯母の存在を消してしまった様な気がして、
僕は少なからず罪悪感を覚えました。

しかし、これで伯母の遺志を活かす一歩が進んだのだ、と自分自身に思い聞かせました。

伯母さん、あなたの遺志の通り、

『家は解体した方が良いと思う、でもね、孫子の代でも絶対に売ったりしないでちょうだい。
それから、他人を住まわせるのも嫌。何か若い人の暮らしの足しになるようにしてちょうだい。
駐車場が良いかもしれないわね。お願いしますね、あなたに。しっかり頼みますよ。』

を、僕が必ず相続者に伝えて守らせますから、心配しないで下さい。
 

遺品整理

 投稿者:元・マンハッタンの釘曲げ屋メール  投稿日:2017年 6月28日(水)11時14分24秒
返信・引用
  伯母が亡くなってから二か月近くになります。

好むと好まざるとに関わらず、そろそろ遺品の整理をしなければならない時期が来たようです。

最近は、『遺品整理』という業種も世間に認知されている様ですね。

僕の知人にも、それをナリワイとする人がいまして
(実は、引越・骨董品売買・遺品整理・古物売買などの何でも屋の様に思えます。)

その人に声を掛けました。

日時を決めて、伯母宅で待ち合わせ、伯母の家と遺品を見せました。


僕(花瓶を見ながら)『お~、これ、ホンマやったら国宝と違うやろか?』(←何故か怪しげな関西弁)

彼『違いますよ、いい加減な事は言わないで下さい。』

僕(棚の上の壷を手に取り)
『うわぁ~、これ、中島誠之助さんが見たら「イイ仕事していますねぇ!」と太鼓判の重要文化財並みの扱いだろう!』

彼『バカな事を言うと、他の品物の価値も下がってしまいますよ!』

僕(壁に掛けられた中国画らしい絵を見つけて)
『おお!これは某八幡宮で行われている蚤の市で良く似た絵を見た事が有る!確か、ン十万の値が付いていた!』

彼『ンなワケ無いでしょうが!その蚤の市には僕も出店していますから、良く知っています!』

僕(和箪笥を開けて伯母の着物を見ながら)
『遂に出た!この着物の生地を織った人は、近々人間国宝に指定されるらしい!』

彼『あのですねぇ、僕は着物屋のセガレだって、御存知でしょう?』

僕(半ばヤケクソで、棚に置いてあったイノシシの縁起物を指差して)
『これこそマチガイ無い!歴史に残る名品だ!コレが解らぬヤツの眼はフシアナだ!』

彼『時間が有りませんから、邪魔しないで下さい!』


彼はスマホで写真を撮ったり、メモしたり、中空を見上げてはブツブツ独り言を言いながら電卓を叩いたりし、

『え~、そうですねぇ…。本来ですと、お金になるのは2台のテレビ、
IHコンロ、洗濯機位ですが、あなたとの付き合いも長いし、こちらも愛想無しな事は言いません。
不用品搬出と処分費用と相殺して、ズバリ2万5千円下さるのでしたら、手打ちにしましょう。』との事でした。


伯母は酒類とタバコ販売店を営んでいましたので、大きくて古い冷蔵庫が幾つも有り、
2月には彼にタバコの自動販売機を無料で引き取ってもらっていました。

(タバコ自動販売機のメーカーは引き取り費用で税別2万円、他の産廃業者は税別1万円の見積もりでした。)

あの大きな冷蔵庫を産廃業者に処分を依頼すると、
恐らく10万円は下らない費用が掛かりそうでしたので、やはり彼の申し出は魅力的でした。

恐らく彼は、冷蔵庫の転売先に心当たりが有り、中でもコカ・コーラの冷蔵庫には
プレミアを見出しているのかもしれませんねぇ…。

また、壷や食器、その他の品物は蚤の市で売り、残った品物はフィリッピンへ送ると幾らかにはなる、との事でした。

これが『蛇の道は蛇』という事なのでしょうねぇ。

虎は死して皮残し、花は散りても香を残し、伯母は貴重な経験を僕に残してくれた様です。


画像一枚目は、数台が有る業務用冷蔵庫の一台。
置く場所さえ有れば、飲料専用冷蔵庫として魅力的ですが、
恐らく家庭内争議が起こるほど電気使用料が嵩むと思います。

画像二枚目は、50年以上前のコカ・コーラ純正の冷蔵庫。
可動なのか不動なのかは不明ですが、こちらも現在の冷蔵庫と比べれば大量の電気を消費すると思います。
しかし、キチンと掃除すれば、今ハヤリのレトロなインテリアとして好適でしょうね。

画像三枚目は、文中に出てきたイノシシの縁起物です。
金色が神々しく、また愚妻が亥年ですので、何だか偲びがたく、現在は我が家に鎮座ましましておられます。
 

『艦隊は動かず』

 投稿者:元・マンハッタンの釘曲げ屋メール  投稿日:2017年 6月21日(水)10時58分51秒
返信・引用
  畏友、中川秀彦氏が新刊を出されました。

『艦隊は動かず』(牧歌舎)です。

日露戦争に於ける当時のロシア領で、本来はフィンランドであるリバウ港を出港したバルチック艦隊が
出港直後に英国の漁船を日本の駆逐艦と間違えて撃沈し、激怒した英国の外交戦術によって
燃料搭載や補給を予定していた各国の港へ寄港出来ず、
やっとの思いで到着した、仏領ベトナムのカムラン湾で石炭搭載や補給にベトナム人へ
無理を強いた歴史を小説化されています。


♪1、海路一万五千余哩 万苦を忍び東洋に 最後の勝敗決せんと 寄せ越し敵こそ健気なれ♪


中川氏は、この隠れた歴史を書き起こされるべく、十年以上前から家族を伴われてベトナムへ移住され、
現地でベトナム人が日本企業とのビジネスを興す為の専門学校を設立し、
その傍らで歴史資料を調査の上で、今回の出版を行われた様です。

僕が彼を知ったのは、2000年にP-WORLD上にマンハッタンのHPを掲載した頃、
G!様が『こんな海軍のHPが有りますよ。』との紹介を下さったのが始まりでした。

中川氏と初対面の印象は、飄々とした人柄ながら、目標に対しては完遂される強い意志を持たれた方だな、
というものでした。

その後、数回は僕が上京したり、中川氏が福岡へ来られたりしていましたが、
十年ほど前にベトナムへ移住された、と聞いた時には本当に驚きました。

しかし、それは今回の出版を意図されての事だったのですね。

その遠洋壮大な意気と実行力、そして隠れた歴史を書き残す、という気宇壮大な思いに、
心から敬意を表します。

中川氏こそ、平成の御代に於ける『大和魂』だと僕は確信しています。


♪2、時これ三十八年の 狭霧も深き五月末 敵艦見ゆとの警報に 勇み立ちたる我が艦隊


3、早くも根拠地後にして 旌旗(せいき)堂々荒波を蹴立てて進む日本海 頃しも午後の一時半

4、霧の絶間(たえま)を見渡せば 敵艦合せて約四十(しじゅう) 二列の縦陣作りつつ 対馬の沖にさしかかる

5、戦機今やと待つ程に 旗艦に揚がれる信号は 「皇国(みくに)の興廃この一挙 各員奮励努力せよ」

6、千載不朽(せんざいふきゅう)の命令に 全軍深く感激し 一死奉公この時と 士気旺盛に天を衝(つ)く

7、第一第二戦隊は 敵の行手を押さえつつ その他の戦隊 後より 敵陣近く追い迫る

8、敵の先頭「スウォーロフ(スワロフ)」の 第一弾を初めとし 彼我の打ち出す砲声に 天地も崩るる斗(ばか)りなり

9、水柱白く立ちのぼり 爆煙黒くみなぎりて 戦(たたかい)愈々(いよいよ)たけなわに 両軍死傷数知れず

10、されど鍛えに鍛えたる 吾が艦隊の鋭鋒に 敵の数艦は沈没し 陣形乱れて四分五裂(しぶごれつ)

11、いつしか日は暮れ水雷の 激しき攻撃絶間なく またも数多(あまた)の敵艦は 底の藻屑と消えうせぬ

12、明くる晨(あした)の晴天に 敵を索(もと)めて行き行けば 鬱稜島(うつりょうとう)のほとりにて 白旗掲げし艦(ふね)四隻

13、副将ここに降を乞い 主将は我に捕らわれて 古今の歴史に例(ためし)なき 大戦功を収めけり

14、昔は元軍(げんぐん)十余万 筑紫の海に沈めたる 祖先に勝る忠勇を 示すも君の大御陵威(おおみいつ)

15、国の光を加えたる 我が海軍の誉れこそ 千代に八千代に曇(くもり)なき 朝日と共に輝かめ♪


また、この本の発行日は、本年5月27日、日本海海戦に勝利した海軍記念日なのですから、
実に粋な中川氏の配慮です。


なお、海戦後に捕虜となったバルチック艦隊の水兵が、艦隊の出航当時からの動向と内部事情を
詳しく書き綴った労作が出版されています。

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%84%E3%82%B7%E3%83%9E-%E4%B8%8A-~%E3%83%90%E3%83%AB%E3%83%81%E3%83%83%E3%82%AF%E8%89%A6%E9%9A%8A%E9%81%A0%E5%BE%81-%E3%83%8E%E3%83%93%E3%82%B3%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%9C%E3%82%A4/dp/4562045396
 

父の日

 投稿者:元・マンハッタンの釘曲げ屋メール  投稿日:2017年 6月14日(水)11時51分23秒
返信・引用
  先日は、長男が岡山で開催されたリハビリテーション学会で講演を行ったそうです。

その翌日、『父の日』として、長男の妻の両親と僕ら夫婦を招いて夕食会をしてくれました。

あちらの御両親は御二方とも趣味がゴルフで、次の日は朝早いスタートらしく、長男も結構なテンポで接待してくれました。

画像一枚目は、岡山土産で名物の吉備団子ですが、何と!リハビリ学会用の特製品だそうで、団子に学会の文字が入っていました。

画像二枚目は、長男の講演内容を示すパソコンの画面ですが、門外漢の僕には全く理解できません…。

画像三枚目は、そのパソコンを見ながら長男の説明を聞いておられる、あちらの御両親です。

翌日に備えて、御両親は2030頃には帰られましたが、僕は相変わらず意地汚く2100過ぎまで残っていた焼酎を呑みながらクダを巻いておりました。

う~ん…、やはり学歴と知識の壁と差は大きいですねぇ…。


パソコンの画面を見ながら長男の説明に頷かれ、或いは質疑応答を繰り返される三人を傍観していますと、

頼もしいような、話題に付いていけない我が身が情けない様な、あちらの御両親が羨ましい様な心境でした。
 

甥の体育祭。

 投稿者:元・マンハッタンの釘曲げ屋メール  投稿日:2017年 6月 7日(水)11時12分17秒
返信・引用 編集済
  先日は、土曜日の仕事をバタバタと片付けて、西新に在る居酒屋?の『とみ善』へ行きました。

こちらの女将は、家内と小・中・高校の同級生ですので、ツキイチ位で家内が友人と会う様な感覚で行きます。

御主人の実家は糸島方面で漁師をしておられるらしく、
地魚料理(ウマヅラ、カワハギ、ハコフグなど)を出されます。

就中、ハコフグは珍味中の珍味では?と思います。

これは冬の料理ですが、普通のフグは内蔵や血液にへトロトドキシンという
呼吸器系統を麻痺させる毒素が有るのですが、ハコフグには毒素が無く、
腹を開いて合わせ味噌などの調味料を入れて、腹を上にして背の方からジンワリと焼きます。

(一部の地方で水揚げされるハコフグには毒素を持つ個体も有るそうですので、あくまでも自己責任ですね。)

調味料がフツフツと滾れば出来上がりで、調味料と合わさった内蔵をスプーンで掬って食べます。

しかし、冬の間でも入荷が無い時が多く、滅多に食べる事が出来ません。

また、この食べ方は普通の方達には理解不能らしく、僕が食べていると、
まるで異星人を観る様な目付きになる方も居られますねぇ…。

(御主人と女将さんの話によれば、『あなたの魚好きは特別です。』との事ですが、
自分自身では特に『魚好き』という意識は有りません。)
http://www.zukan-bouz.com/syu/%E3%83%8F%E3%82%B3%E3%83%95%E3%82%B0

この日は、見繕って下さった付きだし二品、それにソーセージ、牛サガリ、豚バラ、
アゴ(メザシを注文したのですが生憎品薄で、オススメの焼きアゴに代わりました)、
名物の焼きラーメンを注文しました。

焼きラーメンを名物にしている店は多いと思いますが、こちらの焼きラーメンは、
マルタイラーメンを使用する、僕に言わせれば『正統派の焼きラーメン』であり、
マルタイラーメンの社長も噂を聞きつけて来店され、太鼓判を押されたモノです。


しかし、やはり寄る年波には勝てず、甚だ残念ながら量を食べる事が出来なくなりましたねぇ…。

こちらの御店主は、超熱心なホークスファンであり、球団関係者も来店される様で、
僕自身も何度か王会長の隣に座らせて頂く栄誉に与った事が有ります。



翌日は甥(義妹の長男で、僕にとっては最も年少の甥です)の体育祭でしたので、
例年と同じく僕には彼の父親代行として召集が掛かりました。

最近の体育祭は、昼食の為の場所取りが熾烈だそうで、義妹は0630の運動場開場に備えて
0600から校門前に並び、場所を確保してから帰宅して弁当を拵えたそうです。

僕らは甥が出場する競技の20分ほど前に着き、甥の競技を眺めて義妹が準備してくれた弁当を食べました。

姪が娘二人を連れて来ていましたので、久しぶりに会った彼女たちには、ラムネやカキ氷を買いました。

学校側は、この様な露店を認めていないらしく、露店の周囲には
『交通の妨げになりますので、露天は禁止します。校長』との張り紙が其処彼処に為されていました。

しかし、『露店』と書くべきなのに『露天』と書いてありました。

僕は最初、『何を露天にしてはダメなのか?』と考えてしまいましたが、
カキ氷を買いに行ってから意味が分かりました。

中学校の先生、大丈夫でしょうか?


画像一枚目は、焼きラーメン(すみません、少し食べてから画像を撮りました。)と、バラ串焼きです。
二枚目は、体育祭のクラブ紹介での甥が所属するバスケットボール部です。
三枚目は義妹が拵えた弁当です。
 

柴犬男様!

 投稿者:元・マンハッタンの釘曲げ屋メール  投稿日:2017年 6月 6日(火)18時19分54秒
返信・引用
  御無沙汰致しております。
御投稿を有難うございました。

先日は御社にて御開催の『バカラ・マイセン・ガレ展』に伺いまして、眼福を頂戴いたしました。

そうですね、ラ・ポール1丁目様は5月末で廃業された様ですね…。
佐賀県と熊本県にも店舗展開されてありましたが、そちらもP-WORLDのHPが無くなっています。
経営されていた方は確か三代目で、我々は『ナベちゃん』と親しみを込めて呼んでいました。

『マンハッタン』を廃業する1年ほど前に、組合の天神支部長として推薦し、
『え~、俺は何も分からないよ~!』と固辞されるのを
僕が『だぁいじょうぶ!僕も組合の理事として全面的にバックアップしますから、心配する事ぁな~~んも無か!』
と、説き伏せて支部長に就任して頂きました。

当時は、『マンハッタン』を廃業するとは思ってもいませんでしたので、その1年後に廃業を支部長に告げた時には、
『え~、ウソやろ?あの約束は、どうなるとね?』と、随分悔やまれながらも送別会まで催して下さいました。

ナベちゃんは事業に熱心な方で、KBCラジオの番組スポンサーになられたり、
アイドルグループ『LINQ』の支援をされたり、『ソースコ』等の調味料を開発製造販売や
島田洋七さん関係の食品の販売もしておられます。

柴様の御言葉の様に、昭和の時代に建てられた街中の(今となっては)小規模パチンコ店舗の
経営は甚だ困難な世の中だと思います。

『好々爺』との御褒詞、まことに有難う存じます。
今後共、精進いたします!
 

さらば、昭和風情の店達よ!

 投稿者:柴 犬男  投稿日:2017年 6月 6日(火)00時49分0秒
返信・引用
  ご無沙汰しております。
本日、ヤボ用で清川付近に行ったのですがラポールさん廃業されたんですね。私が若い頃にはあの近辺に大丸、福岡会館等多くのホールが営業してましたが最後の砦が陥落したようで何か寂しい気持ちになりました。
少し前には中洲のラッキーさんも撤退したと聞きましたし昭和の薫りがするホールは中洲のMJさんだけになり時代の流れには逆らえないとしみじみと感じております。言われて見れば私も来年で50才・・・釘曲げ屋さんの様な素敵な好々爺に成りたいと思う今日この頃でございます。
 

最近の出来事。

 投稿者:元・マンハッタンの釘曲げ屋メール  投稿日:2017年 5月31日(水)11時10分44秒
返信・引用 編集済
  伯母の四十九日法要と納骨を行いました。

伯母が早い時期に納骨堂を購入していましたので、そのお寺で法要を行いました。

こちらのお寺は、通夜、葬儀、初七日、戒名、そして今回の四十九日と納骨の法要に関する御布施は、
事前にハッキリとした金額を提示して下さいますので、安心です。

四十九日の読経は御住職が直々に45分程も上げて下さいました。
その後、納骨になりましたが、住職が先導されて、伯母の終の棲家となった扉を開けて下さいましたので、

僕が骨壷を奉じて続き、安置するのに奥へ付けるべきか、隅に寄せるべきか迷っていましたら、
住職が『中央に置いて下さい。』と、教えて下さいました。

その後、住職が施錠されて焼香、一同で礼拝しました。

『ここは、午前九時から午後六時まで御自由に礼拝できます。扉を開けますと灯りが点りますので、蝋燭は不要です。
この中にライターを入れておきますので、線香にはライターで直接、火を点けて下さい。
お供え物ですが、腐る物は避けて下さい、その他の物も三日間経ちますと、こちらで下げますが、
出来るだけ参拝が終わったら持ち帰られて下さい。
また、生花は蚊が寄り付きますので、備えないで下さい。
扉を開けた時に点いた灯明は、扉を閉じると消えますが、線香に火が点いているときは危険ですから、
お帰りになる時も扉を閉めないで下さい時間が来ますと、こちらで閉めに来ます。』
と、住職から説明が有りました。

読経と納骨、説明で一時間少々でした。



5月27日は、海軍記念日でした。
例年と同じく、筥崎八幡宮では『日本海海戦記念大会』が挙行され、宮司が直々に祝詞を奏上された様です。

残念ながら、僕は今年も行けませんでしたが、
洋上慰霊祭に参加される皆様が乗られる軍艦を見よう、と中央埠頭へ行きました。

例年と違い、軍艦番号が4桁のフネでしたので、『あれ、いつもと違うな!』と思いながら車から降りますと、

また例年と違って、フネの手前にはフェンスが設置され、水兵が警備中でした。

(いつもですと、フネの直ぐ側まで行く事ができますが、今回は近付く事は許されず、
『写真を撮りたい』と言っても『ここからでお願いします!』との事でした。)

また、例年ですと、フネは佐世保地方隊から指令駆逐艦が来て下さるのですが、
今回は呉から来て下さった訓練支援艦の『くろべ』でした。

恐らく、佐世保地方隊は日本海の警備が大変なのでしょう。

(そう思っていたら、月曜日の早朝に『北』が、またミサイルを撃ちましたね…。
北朝鮮の発表では、『目標から7メートルの誤差で着弾した』との事ですが、
仮に事実とすれば、我が国の原発は未曾有の危機に晒されている、という事になります!)

また、北朝鮮のミサイル問題を隠れ蓑として、『漁夫の利』とばかりに南シナ海や東シナ海で
腹黒い事ばかりを実行している国を忘れてはいけません…。


少し古い話ですが、まことに粋な我が海軍さんらしいエピソードが有った事を思い出しました。

たしか2000年の話だった、と思います。

『7月5日早朝、マンハッタン西岸ハドソン河沿いのピアに繋留中の「かしま」の横へ、
7万噸の「QE2」(クイーン・エリザベス2)が入港してきた。

その朝、ハドソン河には、2ノット半の急流があって、流れに押された巨大な船は、
あれよあれよと言う間も無く、右舷前部を「かしま」の艦首部分にこすりつけた。

隣りのピアへ接岸後、「QE2」の機関長と一等航海士が船長のメッセージを持って「かしま」へ謝りにきた。

応対に出たのは、練習艦隊司令官 吉川栄治海将補と「かしま」艦長上田勝恵一等海佐の二人。

「幸い損傷も軽かったし、別段気にしておりません。エリザベス女王陛下にキスされて光栄です」
相手の詫び言に対し、上田艦長がそう答えた。

これが大評判になった。

これを「タイムズ」や「イブニング・スタンダード」などの各紙が記事にしてニューヨークに於いては無論のこと、

日本のネイバル・オフィサーのセンスを評価する声が高かったという。

前日が、今世紀最後のアメリカ独立記念日で、洋上式典に参加する為、
世界各国の帆船170隻、海軍艦艇70隻がニューヨーク港に入っており、
何千人もの船乗りの間に忽ち噂が広まって行ったものらしい。

普通ならニュースにもならぬ小事故で、
「かしま」は大使五人分ぐらいの国威発揚をしたとの賛辞もあったそうだが、

これは、吉川司令や上田艦長はあづかり知らぬこと。ましては、口にはせざること。

「サイレントネービー」の伝統と、良き時代の帝國海軍の、
「ユーモアを解せざる者は海軍士官の資格無し」の心構えとは、
海上自衛隊の戦後生まれのオフィサーたちにも、きちんと受け継がれているもののようである。』




駐車場の拡張工事後、やっと少し落ち着いてきた、と思っていましたら、
すぐ近くに7台収容のコインパークが完成しました。

世の中は競争が厳しいですねぇ…。
 

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