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激辛戯評2

 投稿者:α編集部  投稿日:2014年 2月22日(土)20時58分10秒
  通報 編集済
            激辛戯評 ペンネーム 磁気嵐 2008-(2) 



激辛戯評-いつまで続くぬかるみぞ 10/18

 ウ・ドンコ氏が投稿に関する一連の論争「にいつまで続くぬかるみぞ」という思いの不
快感を寄せられていますが(その投稿は途中で削除されましたが)、ただ面白くおかしく
きれいな言葉だけで飾られた自分の思うがままに投稿して満足しているだけでは成り立ち
ません。多くの人達の支えがあってこそ成り立つもので、私もこの論争は大きな問題点を
含み見過ごすことはできないと感じています。

 火付け役の私より吟遊視人さんへと議論の対象が移っていてはなはだ気の毒でありま
す。最初に私が言いたかったのは掲載写真の連続の投稿や大きな画面一杯の投稿、或いは
一般化できないほどに私的な身内の情報を大量に載せるのはいかがなものかという提案が
主であったと思います。でも素人さん異風人さん南橋さん達の貴重なデータは参考になり
ましたが、本質的な問題は今だ残されたままのように思います。それに対するまともな意
見は吟遊視人さん意外になかったのではないか。容量を云々される方達はキャパシティが
十分あるからいくら投稿してもいいとう結論なのでしょうか。
 運営委員の人はどのような種類のどのような形式の投稿も自由であるというしか言わな
いでしょう。しかしその建て前を拡大解釈すれば誹謗中傷や公序良俗に反するものや、悪
意のある投稿だって自由であると思う人もあるでしょう。
 しかし社会には法律のような一定の決まり事があり、また多くの人達が思想や人権に関
わる以外のルールやエチケットがあるように、何でもやっていいということではないでし
ょう。今まで思うがままに投稿していても反対の意見がないから万事賛同を得ていると思
っていても、不快感を持つ声なき声の人達もいることにも思いを馳せるべきでありましょ
う。このことは、思想や信条にたいする投稿を制限するということでないことは言うまで
もありません。それとボランティアとはいえ時間を割いて努力している運営委員という裏
方の苦労も多少考えてみられては如何でしょうか。システムに通暁している人や、思い通
りに書き込みたい人が率先してこのホームページを運営されたらいかがでしょうか。



激辛戯評-天敵 10/24

 先に自由主義社会の歪みを書いたがその続きとして、天敵を駆逐した人間の一人勝ちに
よる傲慢さを憂う。いや、人間の天敵はまだ存在する、それは人間であるという人もいる。
過去数千年間人間同士で散々殺し合ってきた。それも穿った言い方だと私は思う。
 これからの地球環境を良くするのも、また悪くして近い将来滅亡させるのも人間であろ
う。一方地球は人類より強く、ずっとタフだ、人類による環境破壊などにはびくともしな
い、ただ生物が死に絶えるだけだと言う人もいる。地球もあと五十億年もすれば太陽に呑
み込まれて消滅する訳だが・・・。



激辛戯評-評価額  10/25

 今朝の新聞に麻生内閣の閣僚の資産を公開してあった。しかし土地の評価額の根拠は固
定資産税課税評価基準額で叩いてあり、我々の常識から考えてみてまったくかけ離れた評
価である。例えば麻生首相の持つ渋谷区神山町の土地2384㎡ (719坪)の公示価格は坪40
万8千円。719×40=2億9347万円となっている。
 私は公示価格や相続税路線価の実際取引される価格との関係には詳しい訳ではないが、
見聞きする地価と違うような気がしてならない。バブル期ではあったが世田谷の桜丘で当
時坪500万円していたと記憶する。今はそれほどでないとはいえ代々木公園の側の一等地
のこの土地が坪40万ではおかしくないか。このように実情と違う数値を信じると間違っ
た印象を持つことになる。それにしても銀のスプーンをくわえて生まれた人に庶民のこと
が判ろう筈はない。PS: 公示価格や相続税路線価の実際取引される価格との関係をご存じ
の方はご教示ください。



激辛戯評-反論歓迎  10/28

 随分前からいろいろの分野で問題提起をしてきましたが、やっとトトシカーナさんの力
強い反論があり嬉しい限りです。このまま相手にされなくて一人相撲をとり、足でも挫い
たという名目でやむなく休場というシナリオにならないかと危惧していました。
 さて、トトシカーナさんは私の最後のコメント「それがどうした」というじつに個人的
な独断と偏見に感応されたようですが、この挑戦的な表題はもともと柳田国男や柄谷行人
がある時期に主張した考えであります。そして私は日頃思っていたことと同じ考えがあっ
たことに思わず感じいった訳です。
 私が言いたいのは、日常的な対象を詠ったり表現したりするがいけないとは言っていま
せん、言葉として表現する事に於いて、ただ物事を写実しただけでなくもっと自分なりの
言葉を磨き想念を広げるようにしたいものだといいたいのです。ゴッホやゴーギャンは日
常的な対象を描いていても、色やタッチや構図は実に個性的で誰もそれまで表現しなかっ
たものでしょう。例えば蕪村の「易水にねぶか流るゝ寒かな」とか「菜の花や月は東に日
は西に」とか芭蕉の「五月雨をあつめて早し最上川」「荒海や佐渡によこたふ天河」のよ
うに日常生を突き抜けた宇宙的な発想が素晴らしい。たまには型や規則に囚われることな
く、それを破るくらいの気概がほしいと思います。



激辛戯評-金融危機  10/29

 今日の朝日新聞に「金融危機 欧米の評価損260兆円」とある。つぎに述べることは全
く株やいろいろの投資に無縁な、そして経済というものに通じない私がいうのだから間違
った認識をしているかもしれないから、どうぞこのような世界経済の情勢や金融システム
について詳しいかたの解説を切望する。
表題のなかにある評価損とあるからは数字上のことで、実際現金が決済されたものではな
いだろう。だから倒産する企業はともかく、生き延びて再び株価が上がれば元に戻るわけ
から、短期的な数字上の損得に一喜一憂し過ぎのような気がしないでもない。
 ところでこの世界ではパイの奪い合いだから損したものばかりでなく、260兆円を儲け
たものもいるはずだ。突然金庫の中の「げんなま」が消えた訳でもないだろうに。ほいほ
く顔が誰なのか私には判らない。誰かこの人達を知りませんか。きっと信用取引で「空売
り」していた彼の獅子文六の小説・大番の「ギューちゃん」みたいな人だろうか。



激辛戯評-まんがどらえもん  11/4

 今年のカレンダーもあと二枚になってしまった。アメリカはあんなにダイナミックに変
革しようとしているのに、日本の政治の世界は澱みっぱなしである。
のびたの福田君が遊びに飽いて、というより思うようにならずに途中で投げ出した後、金
持ちのぼんぼんのスネオの麻生ちゃんに交代したけれど、やはりちっとも庶民のことはわ
かってらっしゃらない。葉巻をふかしてチャーチルか吉田のお爺ちゃんのまねばかり。
すこしは上品で偉いんだぞ見せようとするが、まさにスノッブの典型だね・・・あれは。
さしずめ気になる豪腕男のジャイアンは小沢一郎君か。
 どらえもん押入から早くでてきて、四次元ポケットから日本の政治をよくするマシーン
をだしてくれ。



激辛戯評-一冊の本「露の身ながら」 11/5

 副題が「いのちへの対話」という免疫学者の多田富雄氏と遺伝学者の柳澤桂子さんの往
復書簡集である。多田富雄氏は2001年に脳梗塞で倒れ声を失い右半身不随となった。片や
柳澤さんは1969年に原因不明の難病が発病して、激痛と闘いながら生命科学の啓蒙書を
執筆している。
 二人のそれぞれ違う病魔にたいして戦う姿には、我々があすこが痛いここが不自由で滅
入るなどといった不平不満など遙かに超えた、生きるか死ぬかの瀬戸際において示される
思考に感動する。その精神は開かれていてどのような時でも感情に支配されることなく理
性で物事を理解する余裕をしめしている。
多田氏は次々に発生する病気にたいして、克服する努力を「もぐらたたき」といい、柳澤
さんは「ハードル競争」と称する。二人とも自ら置かれた不遇の状態を諧謔してみせてい
る。そこに最高の教養人としての見事さがある。
 書簡の内容は免疫や遺伝に関する専門的な話題をとおして「生きる」「いのち」「平和」
などの、憂うべき現在の情況や思想が語られている。また多田氏は自ら鼓を打ち、能を創
作し演出するという古典に通じ伝統を重んじる人であるが、柳澤さんは現代の便利な電気
製品や生活用品などの新しいものに興味を覚えるというモダーンな人だ。平和主義や学術
論に於いてはほとんど同じ見解を示すが、一寸した趣向が違うところがまた面白い。
 柳澤さんの著作はまだ読んでいないが、多田氏の「生命の意味論」のなかの免疫に関し
ての自己と他者を認識する機能が今の生物の生存を守っているという所に私は感銘した覚
えがある。自己と他者の問題は高等な頭脳のなかでしか認識しないと考えていたが、すで
に原始的な細胞のなかでそのことを判断していた事に驚いた。具体的には自己は味方、侵
入してくる他者は外敵といことを認識して攻撃して排除しなければならないという機能で
ある。自己と他者の認識が狂って、自己を他者と認識して自分を攻撃するのがぜんそくや
アトピー性皮膚炎などのアレルギー反応によるといわれている。
 その方面に興味のない人にはいささか目障りでしょうが、一度眠り薬の代わりと思って
挑戦してみてください。常用しても決して副作用や薬物依存症にはなりませんから。



激辛戯評- アメリカ大統領選  11/5

 小浜市では風雅の香りをそえる上品なおまんじゅう「紅白おばまん」を、オバマのアメ
リカの大統領当選確実を受けて製造を開始した。アメリカ国民は白人、黒人、有色人種、
富裕や貧困、マイノリティ、マジョリティなどの枠を超えて変革に期待した。ブッシュの
片割れの保守のマケインが遂に負け犬(マケイヌ)になった。
日本でもこれだけシステム疲労の国の組織に一撃を食らわす大勢の民衆の変革意識を期待
したい。



激辛戯評-歴史的な変革を見た  11/7

 私が生きてきた中で、そうなることを切に願われたとしても、とても現実にならないだ
ろうと考えていたことが、劇的に変化する見たのは今回で2度目である。
 一つは1989年11月9日に突如として東ベルリンが西側への通交を自由化したことに始
まり、ついには共産主義の国々の体制が崩壊したことであった。もう一つは今回のアメリ
カ大統領選における白人至上主義の崩壊である。しかしそれは突然の変化に見えるが、実
は見えない崩壊は静かに徐々に始まっていたのだろう。これ以上にっちもさっちも行かな
くなったとき、物事はカタストロフィーの理論のようにある特異点を超えると急激に反転
するもののようだ。
 兎に角それがすぐに良い結果をもたらすかどうかは判らないが、世紀的な歴史の変動を
目の当たりにした思いがする。



激辛戯評-ボージョレ・ヌーボー  11/8
 今朝の新聞を見るとフランス産赤ワインの新酒「ボージョレ・ヌーボー」の初出荷が7
日成田空港に到着した、解禁日は20日とある。その味についてはそれぞれの好みがある
ので言及はしないが、日本の「ボージョレ・ヌーボー」フィーバーにいたっては、いささ
か眉をひそめたくなるのである。私に言わせれば一瓶2・3千円もするとはとても思えな
い代物を競って求める様子は商売人の手管に乗せられたとしか思わない。
 ところでボージョレ・ヌーボーとは一体なにかについてはWikipediaを検索すると次の
ようなことが判った。
「それぞれの国の現地時間で11月の第3木曜日(=11月15日-21日のうち木曜日に該
当する日)の未明の午前0時に一般への販売が解禁される。特に日本は時差の関係から世
界の先進国の中で最も早く解禁の時を迎えると言われる。現地においては高値で多量(輸
出量の半分を日本が占める)に買い漁る日本のやり方に対する批判が存在する。なお、現
地での価格は日本の数分の一である。ワインとして十分出来上がっていないにもかかわら
ずワインとして出回るようになってしまったからである」と書いてある。
 しかしそのブームに対しての批判はともかく、私はこのボージョレ・ヌーボーの話題の
お蔭で、フランスの地図を広げる機会に恵まれたことを感謝する。
スタンダールの「赤と黒」のジュリアン・ソレルが育ったブザンソンを、カントルーブの
歌曲のオーベルニュ地方を、映画「マルセルの夏」のプロバンスを見つけたから。そして
最も私の先入観を覆したのはフランスの中央にあるとばかし思っていたパリが殆ど北に位
置したことである。



激辛戯評-定額給付金  11/13

 今回の定額給付金について「世紀の愚策」野党批判-という新聞記事があった。私も次
のような観点でそう思う。
我々が納めた税金の中から給付するとは、まるでお上が下々に施すといったように見える
が、どうも本末転倒のようで納得がいかない。裕福な個人や会社が自らの懐を痛めて施す
といったことと訳が違うだろうと言いたい。だから朝三暮四の現代版ではないかと眉に唾
をつけて考え直した方がよさそうだ。
 景気対策とか困窮する生活の一助にとかいう名目らしいが、識者によるとどうも景気浮
揚には役立たないらしい。生活救済についても一時的で、根本的な解決策では決してない
だろう。
 給付の対象者の所得制限も1800万円とか2000万円などの案があるが、サラリーマンの
平均的な年収が約600万円からすれば、それも随分高額なところで線引きしたと思う。ま
た所得の高い人は自分で判断して給付を受けることを遠慮すべきだという意見もあるが、
一方所得者は累進課税で高い税金を払っているのだから、われわれも受け取る権利がある
と言いたい気持ちだろう。
 給付を自治体にまかせるという方針もまた陳腐なことである。
自治体によって扱いはまちまちになるだろうし、色々の支障が生じることは間違いないと
ころだ。例えば役所で給付する場合、個人の証明はどうするのか、体が動けない人の代理
者の確認・証明、住所不定の人や戸籍の曖昧な人の証明などはどうするのだろうか。本人
より先に他人がなりすまして受け取るとか、代理に受け取ってやる等と言って知識の無い
人やだまされやすい人から搾取するなどが頻繁に生じるだろう。
 どうもこの政策は間近い選挙のために一票を買うような不純な動機が見え隠れしている
ようである。このような杜撰な政策を考えて平気な宰相のおつむはマンガで満たされてい
て、出てくるアイデアは低俗でお遊びの次元から脱出出来ないようだ。



激辛戯評-個人的偏見人相学  11/14
 これは易経や占星術を極めた人による知見や、科学的分析による結果でもない、いわゆ
るずぶの素人の独断と偏見に基づくものであるから、話にならんと思う方は読まなかった
事にして忘却して欲しい。
 およそ人はイケメンや美女であることが、世の中で生きる上でなにかにつけ有利である
と思う人は多いであろう。しかし私は顔かたちがいいとか悪いとかでその人の魅力を判断
することはしない。いや、しないように努力していると言うべきかもしれない。
モデルのような美形が金太郎アメみたいに、いつでもどこででも同じ笑顔を見せているの
をみると、つねに人の目を気にしてだれにでも媚びを売っているように覚えて気持ちが悪
い。それよりは不細工の範疇に入る人の見せる真剣な眼差しや、何かに熱中している顔の
美しさにむしろ惹かれるのである。とにかく歴史や文化の違いでどうにでもその判断は違
うものだから、今そうだからといって内容がなければ美形も安穏としては居られない。
 ところで古事記にでてくる大国主命(おおくにぬしのみこと)は別名を葦原醜男(あし
はらしこを)といった。醜男の本当の意味は、醜い男ではなく葦原のように野性的で力強
い男の意だったとあるが、やはり単なるイケメンではなかったろう。だからと言うわけで
もないが、国を創る大きな仕事をしてきた神様だからそれなりの威厳を備えていたに違い
ない。
 ちょいと遠回りしたが、還暦を迎えた者は自らの容貌や態度に責任を持たねばならない
と誰かが言ったのを聞いたことがある。話題になった中山成彬前文部科学大臣の日教組へ
の恨み節や、田母神俊雄前航空幕僚長の荒っぽい歴史観、今回の麻生総理の脳天気振りを
みていると、その容貌に共通するものがあるように私には見える。誰でも信教や思想の自
由はあるわけだが、権力の中で吠えるのはいかがなものかと思う。思い切ってその地位を
放棄して一市民になってからそのように主張されれば非難は受けなかったに違いない。
それもせずして権力者側に居ながら異を唱えるということこそ、節度も持たない人かと思
われている理由だ。そのことを判っているのかいないのか、判っていないとすればその地
位につくべき人間ではなかったし、判っていたのならまさに我々庶民の警戒すべき確信犯
であろう。この人達を見ると、造作の素材は決して悪くはないが、思い込んだら地獄の底
まで突き進むといった危うさが見とれるような偏狭で頑迷さが、顔つきを変形させている
ように私には感じられた。



激辛戯評-黒船を求む  12/2

 今、薄紫の花を咲かせている香りのよい冬の花、ローズマリーのペンネームを持つ麗人
から、『「声なき声」の方からのメッセージで多かったのは「穏やかな書き込みを望む」
でした』は、私のことかと思われちと耳が痛い報告でした。しかしまたそれと違う辛口の
意見を好むマイナーな「声なき声」もきっとあるはずとやせ我慢して見せましょう。
 最近の「あほう総理」おっと「麻生総理」でした、文字に親しむよりもマンガというビ
ジュアルで鍛えたものだから、当然「踏襲」を「ふしゅう」、「未曾有」を「みぞうゆう」、
「頻繁」を「はんざつ」などと新しい読み方をされるのは理の当然でありましょう。ここ
までくると並の人は恥ずかしくて穴深く隠れてしまいたくなるものですが、さすがに卓越
した政治屋、そんなことに耐えられなければ、いや恥などという言葉が自分の頭のなかの
辞書に載っていないのでなければ、この魑魅魍魎の政治の世界では生きて行けないのであ
るようですから。
 とは言え、その御仁のダッチロールを見ていると、今の日本の危機を救うだけの高邁な
理念と哲学がありそうにも見えません。さてそこでこの安穏と手をこまねいている国民の
目を覚まし、果敢に変革を決断させるためには「黒船」に乗った異能者が必要ではないか
と思いつきました。一層のこと、アメリカ大統領に就任するまでのあと一月半のあいだ黒
船で日本へ来て、大変革を指導してもらえないだろうか「オバマ」さん。



激辛戯評-子どもにネットを使わせるな  12/4

 新聞の「聞く」というコラムに「子どもにネットを使わせるな」という柳田邦男氏の記
事があった。彼は子どもに携帯電話やメール、ネット、テレビゲームを使うことに反対し
続けている。全部だめということではなく、せめて小学生ぐらいまでは、使わない環境で
育つ方がよいと言う。
 子どもの成長にとっては、ネガティブに働くからである。一方それらを使わない環境の
もとでは、不便さや自分で考えないと何も出来ないという経験が、物事を考える力をつけ
ることになるという。バーチャルな世界にばかり浸ると、生身の人間に浸ることが極度に
すくなくなり、決め細かい感情や感性が育たず、他者の痛みや悲しみを感じる心が育たな
い。非行や暴力・凶悪事件を起こした少年少女の成育歴調査や精神鑑定で明らかにされて
いることだと述べられている。
 確かに有害サイトや匿名によるネットいじめなどにたいして、いいか悪いかの判断がつ
くまでは近づけさせない方が良いと思うし、バーチャルの世界が現実の世界と違うことを
はっきり認識させなければならないだろう。
 兎に角マンガやバーチャルは感覚的に理解しやすく、何の疑問ももたずに全てをその様
なものだと早合点してしまい、それ以上ものごとを見る目が深まることはない。現実はも
っと複雑でどちらが正でどちらが間違っていると簡単に割り切れるものではないし、口あ
たりのいい言葉や、人物がそのままの評価で終わる筈もないと考えるがいかがであろう。



激辛戯評-麻生太郎の替え歌  12/10
 永田町界隈で、麻生太郎首相に関する「替え歌」が広まっているらしい。
言っていれば、平安時代から江戸時代にかけて流行した表現主法の一つである「落首」、
現代版ですねこれは。落首は公共の場所、特に人の集まりやすい辻や河原などに立て札を
立て、主に世相を風刺した狂歌を匿名で公開したもの。当然のことながら当時言論の自由
というものは存在せず、政治批判は極めて危険性の高い行為だったが、匿名での公開によ
って、読み書きができる者なら誰でも自由に言論活動を展開することができた。
 さてその替え歌は二つあるという。どちらが秀逸かはお任せしましょう。
◆松任谷由実の名曲「あの日にかえりたい」の麻生版
   泣きながら ちぎった詔書を
   手のひらに つなげてみるの
   根拠なき あの日の自信
   わけもなく 憎らしいのよ
   あのときの 高支持率を
   人はみな 忘れてしまう
   あの頃の私に戻って
   「解散」と言いたい~
◆沢田研二の名曲「時の過ぎゆくままに」の麻生版
   あなたはすっかり 疲れてしまい
   解散さえも イヤだと泣いた
   壊れたマイクで いつもの演説
   繰り返しては ため息ついた
   時の過ぎ行くままに この身をまかせ
   紫の袱紗(ふくさ)が 漂いながら
   もしも袱紗が 出てくるならば
   議場の景色も 変わっていくだろう



激辛戯評-なんか変だぞ  12/18

 2008年12月2日の新聞に「コメ生産枠取引 佐賀の転作分を他県へという記事があっ
た。コシヒカリで有名な新潟魚沼地方で今年、その生産量が増えた。理由は、佐賀県で大
豆に転作されて減ったコメの作付け分が新潟県に割り振られたからだ。もともと生産調整
は、農業団体などの生産者が主体的に目標を決める制度。ところが07年産米の価格が急
落したため国は今年、都道府県や農協に生産調整の指導を強化。都道府県同士が割り当て
られた作付け面積を融通し合う新制度を導入した。
 これで、割り当てよりもコメを多く作りたい都道府県が、転作を拡大して減産する都道
府県から減産分を「買える」ようになった。枠を増やした県は国からの転作交付金を減ら
され、枠を減らした県は交付金が加算される仕組みだ。
これに「売り手」として名乗りを上げたのは佐賀県だけで、1400㌶分を返上、青森、宮
城、福島、新潟、石川、茨城、山梨の7県に配分された。と報じている。
 これは、9月17日に「地球温暖化について」の感想ですでに書いたように、温暖ガス
の排出権取引とまったく同じシステムである。金銭の売買でしかことが動かないこと事態
を憂えるのだが、目先の問題解決に効果があるかも知れない一方、失うものもまた大きい
のではないだろうか。作付け面積の規制以前にも、 1970年代からはじまった米の強制的
な生産調整=強制一律減反があって、農業現場に深い傷を残してしまった。減反に従う農
家や農村を対象に減収を補てんしたり、補償金(とも補償)を支払うという負のシステム
があった。
 お上からの強制的な負の政策がいかに生産意欲を削ぐ、勤勉な労働という価値観を喪失
させるものか、また休耕田になった水田や畑の荒廃をもたらしたか、知られるところであ
る。これはまさに共産主義に勝ったと思いこんだのだが、官が規制するという行為は計画
経済の共産主義を見ているようで、自由主義の敗北でもある。
一方石油や穀物や株や投機などの金、金、金という拝金主義が今の世界同時恐慌をもたら
したと断ずれば、キャピタルゲインの一攫千金よりも勤勉で着実に汗をかくという価値観
を取り戻さなければならない。六本木ヒルズのIT長者は人間が生きるに必要な基本的な
もの以外の活動しかしていないと思うがいかがでしょうか。



激辛戯評-愚者への贈り物  12/18

 イラクの首都バグダッドで14日、記者会見中のブッシュ米大統領にイラク人のテレビ
記者が靴を投げ、拘束された問題で、同大統領は16日、投げ付けられた際を振り返り、
「物を考える十分な時間がなかった。身をかわし、よけるだけだった」と述べた。CNN
に語った。
 一方同記者の拘束に反発する抗議デモはイラク各地で起きている。靴を他人に投げ付け
るのは、イスラム世界で最大の侮辱行為ともされる。同記者の詳しい動機は不明だが、テ
ロや米軍の攻撃で被害を受ける市民取材を続けるうちに、米国に対する怒りが高じていた
ともされる。
 そしてバグダッドからの情報によると、同記者に対する予審が16日開かれ、記者はブ
ッシュ大統領に対する行為を認めた。刑法にある、イラクまたは外国の大統領の暗殺未遂
の罪に問われる可能性があるという。
 2008年12月18日付けの「朝日川柳」に面白い川柳があった。
     ブッシュには靴麻生には匙を投げ
 ニュースを見て思ったのだが、その記者のコントロールは見事で、避けなければ二つの
靴とも確実にブッシュの鼻柱を挫いたであろう。
しかし大統領の暗殺未遂の罪は大げさだ。では腐った卵や熟し切ったトマトやパイを投げ
つけたら何の罪になるのだろうか。いずれにしろブッシュ・「裸の王様」・最低の大統領
には「履き古しの靴」を、日本の宰相には「大きな匙」を贈りたい思いである。



激辛戯評-自動車と道路  12/20

 横断歩道で信号を待つ間に観察すると、朝の通勤時間の乗用車の殆どが一人しか乗って
いない。タクシーだって客が一人の場合が多く同じようなものだ。その結果中型車は一台
1.7m×4.7m≒8㎡もの公共の面積を占用するのだから、これでは都市部の道路が込むわ
けだ。ガソリンに課税される金額はそれなりに納得がいくが、道路拡張や整備とのいたち
ごっこでいつまでたっても満足行くはずもない。
 アメリカには通勤時間帯の混雑を防ぐために車規制をしている。それをカープールレー
ンという。これは都市部で通勤時間に行われるバスレーンの様なものであろう。カープー
ルレーンは指定時間の間、複数人数乗った車の専用レーンとなり、もし運転手しか乗って
いない車がカープールレーンを走ると、高額の罰金を払わせられる。複数で車をシェアす
ることにより、渋滞を緩和しようというのがねらいで、近所同士、友人、夫婦で車をシェ
アして通勤している人も多いようだ。
 最近はまた若者の自家用の車にたいする意識も変わっているようで、アメリカ発の金融
危機のせいばかりでなく、新車が売れなくなっているという。
車を所有しないで、あらかじめ登録されたメンバーで共同利用するというカーシェアリン
グというものがそうである。自分が使った時間分の料金を支払うというシステムで、車の
維持費が不要で、経済的に大変得だという。但し数時間の使用は確かに安いが、1日2日
単位の長時間になるとレンタカーの方が有利になるという。
 カーシェアリングの考え方や仕組みはもともとスイスが発祥といわれている。1970年
代に大量の車両が都心に流入した結果、商店街などの荒廃が進んだことから、行政主導で
大規模な車両の流入規制(トランジットモール)が実施された。また都市にはLRT(路面
電車)やバスなどの公共交通機関を充実し市民の足が確保された。一方、住民らは都心
に車がもてない為に、郊外に共同で車を所有しはじめた。これがカーシェアリングの始ま
りとなる。(Wikipediaより)
 さてこのシステムが大いに稼働するとすれば、道路の混雑、個人の駐車場の問題、車の
有効稼働率の問題等が解決するのだが、はたして日本の社会に定着したものとなるかは判
らない。とにかく見栄や虚栄で無駄な車をなるべく持たないようにして減らすことに尽き
るし、世間の意識も確実に、思ったよりも早く変化しているように思える。

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