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本のある暮らし

 投稿者:資料管理請負人  投稿日:2014年 3月13日(木)18時55分0秒
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            本のある暮らし4  2008後半





北君へ
2008/7/6

 返事が遅れて申し訳ない。仕事もだんだんまた増えて来たし、「落書き帳の掲載拒否問題」
などの事件に奔走していて、結構せわしくなりました。ところで今読んでいる本は
  ●小説の設計図 青土社 前田塁
  ●ヨーロッパ思想入門  岩田靖夫
  ●続生活の探求     島木健作
  ●灯台へ ヴァージニヤ・ウルフ
「時間はどこでうまれるか」は数日前に購入したばかりです。一冊に絞って読み終えればいい
ものを、家と仕事場にそれぞれ積んでいるからついつい手をだしてあれやこれやになってしま
います。
 またこの頃貴君の「膨張、膨張」をかじり読みしだしました。いつもながら貴君の作品は他
にはない抜きんでたイメージの世界が開けていて、自分の書く物もこのように広げられたらい
いなとおもいます。
最終の目標は私でしかないものを見付けたい、それがいま私が存在する意味であろうと考えて
います。
 ドフトエフスキー全集は山荘にそろえていますがまだ十分読んでいるわけではありません。
そのうちそのうちと思っているうちに時は過ぎていくのでしょうね。
母の日記は気長に時間を掛けましょう。
最近は自力本願をへての他力本願へ到達するのが一番理想的な開眼の仕方のような気がしま
す。自己を十分確立した後でないと悟りが深くならないような気がします。
そのうちまた逢いましょう。



純文学とエンターテイメントとの違い
2008/7/11

 エンターテインメントにおいて、作者は読者がすでに抱いている既存の観念の枠内で思考し、
作品は書かれる。その枠内において、人間性なり恋愛観なり世界観といったものはいかに見事
に、或いはスリリングにかかれていても、読者の了解をはみだし、揺るがすことがない。
 純文学の作家は、読者の通念に切り込み、それを揺らがせ、不安や危機感を植え付けようと
試みる。と福田和也は言っている。



「小説の設計図」を読み終える
2008/7/12

 そこには太宰治の「走れメロス」・川上弘美の「センセイの鞄」・多和田葉子の「容疑者の夜
行列車」・小川洋子の「博士の愛した数式」・西原理恵子・松浦理英子・中原昌也などの作品へ
の痛烈な批評が書いてある。ああこういう読み方・問題点があるのかという眼が養われていく
ようだ。
 この中で私が読んだ本は「走れメロス」と「博士の愛した数式」の二つである。
確かに「走れメロス」においては、為政者にたいする反逆から刑に処される身になったわけだ
から、その話が筋となるものが義理とか友情とかの美談に矮小化されたものとなっている。最
期は友情の問題も抜け去り、運命がただ時間との勝負に成り下がっている。このような物語が
人間の読者はその義理や人情への誠実さを貫くことに感涙するが、よく考えてみると小説や映
画の中にも初めは世界の重大事を扱うような語りが、途中で家族愛や友情といった、じつに個
人的な幸せに矮小化されていく物語を見せられ、ガッカリさせられることがある。フォーサイ
スの「ジャッカルの日」や「サイレント・ワールド゙」「ディープ・インパクト」などの映画に
おいてもしかり。ただこれらのB級映画はしょうがないか。



月刊誌購読契約
2008/9/25
書店では売っていないのでやむなく岩波書店発行の「科学」の年間購読を契約する。16,800円/
年 「思想」もと思ったがこれは図書館で借りて読もう。
特別飲み・打つ・買うの道楽もないからせめて本代は惜しむまい。



「本を買う」
2008/10/5

床屋に行くついでに湯島図書館にて石牟礼道子の「言魂」を予約した。予約者が12人もいた
ので当分読めないだろう。
散髪の後で駿河台下の三省堂に寄る。「16歳の教科書」という本を買おうと思って探したが、
保坂和志の「小説、世界の奏でる音楽」という評論の本が目にとまったので、合評の参考にで
もなるかと思い購入して帰る。



岐路に立つ「同人誌」
2008/11/11

 朝日新聞の文化というコラムに『岐路に立つ「同人誌」』、副題「文学界」での「評」を打ち
切りにという文が載っていた。半世紀にわたり、全国の同人誌に掲載された小説を取り上げて
きた「文学界」(文藝春秋)の名物欄「同人雑誌評」が、7日発売の12月号で打ちきりとなった。
同人の高齢化が進み、寄せられる同人誌が激減したためという。「文学界」の「同人雑誌評」
は1951年に始まり、無名の新人や地方の作家の作品を紹介してきた。
 かつて文学を目指す者はまず「同人誌」で修練するのが本道とされた。石原慎太郎、柴田翔、
河野多恵子、瀬戸内寂聴、吉村昭などが巣立った。ちなみに「文学界」のリストにある同人誌
の数は320。最盛期には200誌以上が寄せられたが、現在は50誌ほどに減ったと言う。
 そのように「文学界」での批評は打ち切りになるが、一方季刊の「三田文学」が引き継ぐか
たちで「同人雑誌評」を来年から掲載するという。



保坂和志の小説論
2008/11/13

 保坂和志氏について書いてある「文化」というコラムが目に付いた。
「小説、世界の奏でる音楽」、「小説の自由」、「小説の誕生」の小説論3部作が完成したという
記事である。いままさに私は「小説、世界の奏でる音楽」のとばくちをうろうろと彷徨い読ん
でいる最中であったので興味を持った。
 「小説の言葉は本来、あいまいさ含めて広がりがあるものなのに、軽いことしか伝達できな
くなったいるのではないか」、「社会的なネガティブとされる緩さや貧しさや小ささを自覚する
ことが、実は強さになる」、「希望があることは、人をゆっくりと考えさせない。静かにすわっ
て考える。"たそがれ゜から文化は始まる」、「人生は一人で完結するものではなく、親子関係
など、誰かに託し、誰かに託されて生きている。自我の揺らぎを描けただけでも十分な達成と
思う。手法も題材も出尽くしたと言われ中で、小説にはなお可能性はある」と言っている。



「東アジア「反日」トライアングルを読んで
2008/12/6

 北君から貰った古田博司著の『 東アジア「反日」トライアングル』を読み終わる。
その中で、靖国問題や教科書問題などで繰り返し起きる反日運動がなにによるものかを検証し
ている。そこには古くからある中華思想やエトニを経たナショナリズムが根底にあるからだと
する。
 エトニとは地理的広がりを持たず、ネイションのような政治単位となりえなかった共同体を
「エトニ」を言い、韓国のように同族的な利害の結びつきを強める一方、それ以外のものに対
しては実に排他的であり、社会の分裂の主要因となりうるほどの地域対立の存在が広く知られ
ている。政治面では大統領選挙や国会議員選挙における地域別得票率の極端な違いとなって現
れる。中でも特に有名なのは、後三国時代にまでさかのぼるといわれる全羅道と慶尚道の対立
である。
 中華思想とは、自分の国(中華)が世界の中心であり、その文化・思想が最も価値のあるも
のとし、漢民族以外の異民族の独自文化の価値を認めず、「化外の民」として教化の対象とみ
なす思想。華夷思想ともいう。
 ナショナリズムとはアーネスト・ゲルナーによると「政治的な単位と文化的あるいは民族的
な単位を一致させようとする思想や運動」と定義している。
 中国や韓国・北朝鮮の国は戦後60年も経つというのに、たしかにかつて日本はこれらの国
を侵略したことは間違いないが、二国間に問題が起きる度に「反日」という籏をたてて日本の
非だけをあげつらう。それはうまくいかない国内の民衆の不満をそらすには有功だろうが、自
ら偏狭なエトニや民族主義や中華思想を克服出来ない限り、近代国家としての真の自由と発展
を取得することは出来ないであろう。日本はそのような独善的なエトニや民族主義や中華思想
の国にたいして立場を相互理解しようとすることは不可能であり、日本はただ近代国家の立場
の中で、粛々と自らの理を主張して行く他はないと説いている。



「日本語が滅びる時」
2008/12/10

多様性が生態系の機能や安定に重要
 岩波書店「科学」に鷲谷いずみ氏の記事を読んでいて、「日本語が滅びる時」についての話
題をべつの角度から考えてみた。
 昭和天皇在位60年を記念して創設された国際生物学賞を、ミネソタ大学教授で植物生態学
者のティルマン博士が受賞した。博士は生物多様性がどのように維持され、また生物多様性が
生態系の機能や安定にいかに重要であるかを、理論のみならず草原での大規模実験によって明
らかにした業績によることへの賞である。
 その多様性の重要さはリチャード・ドーキンスの「利己的遺伝子」のなかでも述べられてい
るように、どうも本当らしい。芝生のなかの雑草を全部取り去ったら、芝生も枯れてしまうと
聞いたことがある。
 だから世界のなかの多くの個性ある言語も文化も滅びてもらっては困るのではないだろう
か。生物界のように種々雑多なものの混在がなくなった時、安定的な人類の存続が望めないよ
うな気がする。そして一つの言語や文化に呑み込まれた時、人類の滅亡が始まるような予感が
した。杞憂であればいいが・・・。

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