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本のある暮らし3

 投稿者:資料管理請負人  投稿日:2014年 3月13日(木)11時03分13秒
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            本のある暮らし3  2008前半




「小林秀雄全集」
2008/1/5
 同人αの合評をしているので評論というものを知りたくて、このところ家にある新潮社版の
小林秀雄全集十四巻を拾い読みしている。小林は部分的な表現や齟齬を指摘するのではなく、
全体的な印象や考え方の評論が多く、それらの文もなかなか一筋縄ではいかないので、よく読
まないと本意がどこにあるか見つけるまで難儀をする。
 ところで、第四巻「作家の顔」の石坂洋次郎の「麦死なず」P72後ろから6行目の「成る程」
の「な」の字が横になっている。いつだったか辻邦生の「夏の砦」にも校正ミスを見つけたが、
このような大きな出版社でも版を重ねられたものでもあるのかと思うと驚きである。というこ
とは同人αもってしかるべしなのであろう。


「生活の探求」
2008/1/6

◆小林秀雄の島木健作の「生活の探求」の評があった。
「島木健作の最近の書き下ろし長編「生活の探求」は、特色のある小説である。この長編は未
完であるから完結した作としての出来栄えをここで論ずることは出来ない。ただこれだけでも
充分僕らの興味を惹くのは、この策の思想小説としての明瞭な意図である。
 *一昔前に、青年の頃読んだ懐かしさでこの本を探したが廃版になったのか、見つからなか
 った。いつかまた神田の古本屋街でさがしてみるか。
◆また志賀直哉論の中で、「作品の印象を率直に受け入れるために、何も批評家になる必 要
はない。作中人物となって生活しているような気になること、或いは作中人物と実際 に交際
したいような気持ちになること、そう言う一般読者が小説を読む際にして必ず抱 く率直な錯
覚は、高級なもの通俗なものたるを問わず、凡そ小説と呼ばれるものが社会 に生きるための
根底の条件をなす。
◆志賀氏の文学に登場する人物の数や種類は、きわめて少ない。 古典が日に新たな所以は、
その作者に、後世の発見を待つほど多様に才能が備わっているためではない。ある限定 され
てはいるがユニックな才能を徹底的に発揮したことによるのだ。志賀氏の作品のう ち、作者
の手で充分に仕上げられた人間のタイプを求めれば、僅かに「暗夜行路」の時 任謙作一人し
か見つからないであろう。


「生活の探求」の古本購入
2008/1/9

・生活の探求 (正・続2冊揃)
・島木健作
・函、B6判、P333+548、正・続共重版揃、状態は良
・昭16
・2冊
・1,500
・河出書房
・からさわ書店
・〒1580091
・東京都世田谷区中町5-20-9
・TEL:03-3703-1975
・FAX:03-3703-1975
・E-MAIL: karasawa-shoten@mb.point.ne.jp


「生活の探求」の本が来た
2008/1/11
◆世田谷のからさわ書店より注文していた島木健作の「生活の探求」・「続生活の探求」の2冊
が着いた。1500円+送料450円 計1950也
昭和16年発行の随分古い本で、紙もざら半紙である。絶版になっているからなかなか揃わず、
全国の古本屋のデータでも十冊くらいしか無かった。もちろん全集には入っているだろうが、
単行本としてもやけに少ない。もはやこんな本を読む人がいなくなったのだろうか。それにし
てもこの頃からざら半紙を使うほど日本の国は逼迫していたのか、それともこの程度が当たり
前の時代だったのか。今の真っ白い紙はまぶしいくらいだ。
  *【ざら紙】(ざら半紙の正式名称)
   製紙材料のうち、原木を砕いただけで加工していないグランドパルプの割合が7割を超
   える、印刷用紙の総称。表面がざらざらしている。廉価な紙で、新聞やまんが週刊誌な
      どに使う。


「理工系物理学」鐸木康孝著
2008/1/12

「物理学の理論はすべて近似である。ケプラー法則に従って運行する惑星は一つもないし、ニ
ュートンの法則に従って運動する質点とか剛体というものはひとつもない。正しいか、正しく
ないか、ということは、物理学では問題にならない。問題になるのは精度である。誤差の極め
て大きな理論に対して、これは誤りであるという判定がおこなわれることはある。しかし、こ
の理論は正しいという判定をこなわれてことは一度もない。


ミツバチ大量失踪事件
2008/1/13

ミツバチ大量失踪はウイルスが原因か
◆岩波の「科学」12月号で面白い記事を読んだ。
◆ミツバチが巣箱から大量失踪する原因不明の「蜂群崩壊症候群」が昨年の10月ごろから欧
米各地にひろがっているという。
◆単に密が生産されないというだけではなく、ミツバチに受粉を頼っている果樹や作物にも影
響している。養蜂協会の緊急アピールには「皆さんの日に3度の食事は、ミツバチが働いたお
かげです」という文言がはいっている。
◆大量失踪の原因ががなんであるかは、蜂の死体がほとんどみつからないことから今は特定で
きてはいない。
◆原因説としては
 1. ミツバチの酷使による過労説
 2. 携帯電話の急速な普及に伴う電磁波の増加で帰巣本能に変調をきたしたという説
 3.「イスラエル急性麻痺ウイルス」や「カシミールハチウイルス」などのウイルス説
 4.「ダニミツバチヘギイタダニ」というダニ説
◆本来は働かない季節外でも、各地に運ばれて蜂蜜を集めるように品種改良されたミツバチが
「過労」や「ダニ」に警戒心を失った結果などを想像させる観察結果をみるにつけ、自然のバ
ランスが崩れるような急速な改良や開発が、いずれの日にかいかに己の身に不利な状況を作り
だすか、この「大量失踪」事件は人間に警鐘を鳴らしている


「生命とはなにか?」-その1
2008/1/20

『生物と無生物のあいだ』 (講談社現代新書 福岡伸一)
我々の身体がこれほど大きい理由は生命とはなにか?
◆生命を構成する原子はブラウン運動をしている。
◆つまり我々の細胞の内部は常に揺れ動いている。
◆生命の秩序を構築するためにはわれわれの身体は原子にくらべてずっと大きくなくてはなら
ない。
◆ブラウン運動する粒子もある一定方向に拡散する。しかし中にはそれと反対にふるまう粒子
があり、その頻度は平方根の法則にしたがう。たとえば100個の粒子があれば、100のルート
だから10固定の粒子はその活動からはずれることになる。例外が10ならば、生命は常に10
%誤差率で不正確さをこうむることになる。だから生命体が100万個の原子から構成されると
すれば、100万のルートで1000個すなわち0.1%となり格段にさがる。生命体が、原子ひとつ
に比べてずっと大きい物理学上の理由はここにあるとシュレーディンガーは指摘している。


「生命とはなにか?」-その2
2008/1/28

「生命現象を縛る物理的な制約」  講談社現代新書 福岡伸一著
◆生命の発生段階における基本的形態形成に拡散の原理が重要な役割を果たしていることが、
最近になってわかってきている。
◆私達の身体は中央に背骨が走っており、それを中心線にして左右対称の構造をしている。
背骨に分節構造があり、神経の配線もこの分節にしたがって仕分けされている。これが脊椎動
物の基本構造である。しかし無脊椎動物である昆虫や、ムカデ、ミミズ、クモのような生物に
ついても広く、中心線とそれに沿った分節構造が存在するという基本デザインは共通している。
◆分節を持つ生物は、分節を持たないなめらかな生物に比べ、不気味な形態となったが、分節
をもつことの有利さをも享受することとなった。たとえば、分節による機能の分担の繰り返し
構造に伴う物質利用の効率化、あるいは損傷の際、被害をその分節だけにとどめることができ
る有利さや、そのことによる修復のしやすさ等である。こうして分節を持つ生物はより環境に
適合し、分節を持たない生物との生存競争に打ち勝ち、今日あまねく分節をもつ生物が広がっ
た。
◆生物の形態形成には、一定の物理的な制約があり、それにしたがって構築された必然の結果
と考えたほうがよい局面がたくさんあると思える。


「生命とはなにか?」-その3
2008/1/29
 「生命はなぜ動的な秩序を維持できるのか」  講談社現代新書 福岡伸一著

◆拡散はその途上では濃度勾配という情報をもたらすが、やがては一様に拡がり平衡状態 に
達する。これは物質の勾配のみならず、温度の分布、エネルギーの分布、あるいは化 学ポテ
ンシャルと呼ばれる反応系の傾向も、速やかにその差が解消され均一化する。物理学者はこれ
を熱分布的平衡状態、あるいはエントロピーの最大状態と呼ぶ。いわばそのその世界の死であ
る。物理学者は自分の扱う世界をしばしば”系”と呼ぶ。
◆エントロピーは乱雑さ(ランダム)を表す尺度である。全ての物理学的プロセスは、物質の
拡散が均一なランダム状態に達するように、エントロピー最大の方向へ動き、そこに達して終
わる。これをエントロピー最大の法則と呼ぶ。
◆ところが生物は、自力で動けなくなる「平衡」状態に陥ることを免れているように見える。
もちろん生物にも死があり、それは文字通り生命という系の死、エントロピー最大のの状態と
なる。しかし生命は、通常の無生物的な反応系がエントロピー最大の状態になるよりもずっと
長い時間、すくなくともヒトの場合であれば何十年もの間、熱力学的平衡状態にはまりこんで
しまうことがない。その間にも、生命は成長し、自己を複製し、怪我や病気から回復し、さら
に長く生き続ける。
◆エントロピー増大の法則に抗う唯一の方法は、システムの耐久性と構造を強化することでは
なく、むしろその仕組み自体を流れの中に置くことなのである。つまり流れころが、生物の内
部に必然的に発生するエントロピーを排出する機能を担っていることになる。
◆つまり生命は、「現に存在する秩序がその秩序自信を維持していく能力と秩序在る現象を新
たに生み出す能力をもっている」ということになる。
◆秩序はまもられるために絶え間なく壊されなければならない。
◆生命とは代謝の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である。
生命が平衡の秩序にとどまることなく今の瞬間を壊すともに新しく生まれ変わるという論は存
在について言及しているハイディガーの「存在と時間」の思想と同じものだと感じた。


『居酒屋「清月」』*を読んで  *同人α13号掲載
2008/1/31

◆筋は特別珍しい、刺激的な、謎めいたものではなく、誰にでも何所にでもあるようなものだ
が、テーマが最後まで一貫していて判りやすい。そして色々の人物を登場させると、一般に猥
雑になり易く何を言いたいのか、だれがどのように係わっているのか、判じ物みたいな物語に
なるのだが、一人一人の人物の特徴や考え方まで想像できるような描き方はみごとである。
◆この物語を貫くテーマは、主人公が弱者に対するやさしさを十分持ちながら、勇気を持って
救い出すという行動に移せなかったという自分の意気地無さや、欲情に負ける自分のいやらし
さにたいして痛恨の念を抱いている。それはまた青年の頃の過ぎ去った卑しさと思っていたの
だが、大人になった今でも「清月」での市役所の役人の醜態と自分はあまり変わりはしないの
だという思いに苛まれるのである。この辺の描き方はすごいね 私も「シリーズ・歪んだ風景」
で描きたいと常日頃思っている、隠れた人間の心の襞 見事に描き切った小説であると思った。
◆最後にブログの写真のなんとこの小説の圭一の、ハッシュや酒に溺れ、放蕩三昧の満たされ
ない日々の生活が見え隠れする、そのようなすさんだ青年の姿を彷彿とさせる、名画の一こま
のようだ。


「生活の探求」
2008/2/19

◆「生活の探求」p120
 「人間生活の美しさや醜さや豊かさや貧しさに対して、喜びや悲しみや怒りや憎しみやを率
直に生々と感じることのできない悲しい人間にです。人間としては一番大切なものです。そう
いう愛があってはじめて積極的な生活者になれる。生活のなかから益々そういう愛を深め、そ
れは又逆に彼の生活を豊かな立派なものにしていく。挫折してもまた起ちあがっていく力もそ
こからくみ出せる。それは理論や思想とは無関係でない」という点において、それに欠けるよ
うに思える志村克彦の生き方に、杉野駿介は批判的であった。
◆湯島図書館より「思想」を借りる。
◆古井由吉著「白暗淵(しろわだ)」を購入。この作家は現代純文学の数少ない書き手の 一
人だ。


ノックアウト実験
2008/2/21
◆ノックアオウト実験という面白い言葉があった。
 遺伝子を人為的に破壊して、その波及効果を調べる方法を、「ノックアウト実験(叩き潰す)」
という。
 タンパク質の構造は、アミノ酸配列に依存し、アミノ酸配列はDNAの塩基配列に暗号化(コ
ード)されてゲノム上にかかれている。特定の塩基配列を取り去れば、その欠損による波及効
果を観察することによって、そのタンパク質の役割が確認できる。
「生命とは何か?」福岡伸一著


「生命とはなにか?」-その4 
2008/2/22

福岡伸一著を今日読み終えた。
◆ニューヨークのロックフェラー大学の医学研究室からボストンのハーバード大学に移って暮
らしていた時の魅力的な文章があった。特に私が憑かれたものは「それは振動(バイブレーシ
ョン)だった」とニューヨークを評した彼の言葉・感覚であった。私は彼が 優秀な生物学者
としてだけではなく、文学的な豊かな才能に恵まれていることを感じる瞬間だったのだ。
◆「私はそのころすでにニューヨークを離れてボストンに暮らしていた。この街は、アメリカ
の他のどの都市とも異なった光を発している。
 ニューイングランドと呼ばれる東海岸の一体は、イギリスから盛況とが最初に到達した場所
で、時間と落ち着きが静かにながれている。秋には石畳の路地にプラタナスやイタ ヤカエデ
の黄色い落ち葉が重なり、それを踏むと乾いた音がする。街の商店には、リンゴを絞ってシナ
モンを入れたアップル・サイダーの茶色のボトルがならぶ。ブラウンストーンと呼ばれる褐色
の石積み建物の間からのぞく空は鈍く低い。まもなく長い冬が訪 れる。一日中、気温が零度
を上まらない日も多くなる。そんな夜は街路灯や遠くの窓辺 の光が、透明なまでに鋭角的に
澄んでみえる。空気中の水蒸気がすべて氷結して地表に落下してしまうので、光の通り道にそ
れを散乱するものが何もなくなるのだ。
 ニューヨークから北東へ約二百キロ上がった、同じ大西洋岸に位置するこの街には、ニュー
ヨークには確かに存在していた何かが欠けていた。新しい環境で研究を再開することに忙殺さ
れていた私には、最初、それが何であるか判らなかった。それは振動(バイブレーション)だ
った。街をくまなく覆うエーテルのような振動。誰もが急ぐ歩道の靴音、古びた鉄管をきしま
せる蒸気の流れ、地下に続く換気口の鉄格子から吹き上がる地下鉄の轟音、塔を建設する槌音、
壁を解体するハンマー、店から流れ出る薄っぺらな音 楽、人々の哄笑、人々の怒鳴り声、ク
ラクションとサイレンの交差、急ブレーキ・・・。マンハッタンで絶え間なく発せられるこれ
らの音は、摩天楼のあいだを抜けて高い空に拡散していくのではない。むしろ逆方向に、まっ
すぐ垂直に下降していくのだ」


寒さ
2008/2/29
(前略)
◆フロイト全集第8巻「機知」
◆戦後短編小説再発見第11(事件の真層)・12巻(青春・恋愛)
 計3冊購入。


「アーラヤ識の参考書について」
2008/3/6

長岡氏より
現在手に入る手頃な参考書として、次をおすすめします。仏教の思想〈4〉認識と超越 (角川
文庫ソフィア)   ¥840
昭和45年発行の角川選書の復刻版ですが、よくまとまっていると思います。
Amazon で、翌日入手可能です。赤門前の山喜房仏書林でも、在庫はあると思います。


「生活の探求」と「白暗淵(しろわだ)」
2008/3/14

◆今、家では古井由吉の「白暗淵(しろわだ)」を、事務所では島木健作の「生活の探求」
を平行して読んでいる。二つの小説は実にそのスタイルの違いが際だっている。
◆「白暗淵(しろわだ)」は終戦間近の大空襲に纏わる少年の身の回りの回想が主に語られて
いる。時間的にも過去と現在が混在しながら、色々の状況をこと細かな心象風景をつづったも
ので、霞の中に見え隠れする感覚をまるで白昼夢のような描写で語られてい く。
◆かたや「生活の探求」は杉野駿介が置かれた複雑な世俗的な人間関係に見切りをつけ、東京
の学生を続けることに疑問を抱く。そして帰省するなかで、満たされない何かを求めて農家の
父の跡を継ぐ決心をする。恐らく学問を修めてそれなりの階級に上り詰めても、自然と親しん
だり、肉体労働や知恵を働かしながら生産に直接携わるという生き方に、主人公は充実感を感
じるのであろう。このところは私も生活に直接結びつく生産に携わらない仕事のなかでは、自
らの生に対する強さや満足が薄いと感じ、都会を離れて自然に身を置く暮らしのなかに求めて
いるのである。
◆両方の小説とも会話の描写がない、主人公の目を通した内証の記述で、今時の劇画や推理小
説などの筋の進行で魅せるものに馴染んだ読者は、この忍耐にはなかなか耐えるということが
出来ないかも知れない。私はこれらの地味で、なかなか展開しない筋の小説のスタイルは結構
慣れているせいか好きである。主人公は様々な問題や悩みやを抱いて苦労するが、結局は何も
解決しないままで続いて行くという純文学の特徴を色濃く持っている。


「科学」1月号
2008/3/16

湯島図書館から借りたてきた「科学」1月号のなかで、目にとまった記事は
◆進む中国の水質汚染
大気汚染と同様に水質汚染も相当非道いらしい。揚子江には1986年300頭前後いた「ヨウス
コウカワイルカ」が2007年に1頭ビデオ撮影されたのみになった。
◆遺伝子と骨が語る日本人の成り立ち

およそ15万年前に現代人はアフリカで誕生した。人類のアフリカ人のミトコンドリア DNA
は8~6万年前に人口が急増したことが出アフリカの引き金になったと考えている学者もい
る。そのすべてを含むアフリカ人のミトコンドリアDNA(専門用語ではハプログループと呼
ばれる)がグループMはアジアへNはヨーロッパへと拡散して行った。
◆日本の歴史にみる科学者たちの特性
千々石ミゲル:最初の理系人間の好奇心
千々石ミゲルは天正少年使節団4人のうちの一人。スペイン王フェリペ2世や教皇グレゴリオ
13世の16世紀世界史の俗と聖の最高権威に謁見している。
近世始頭の日本人が知的好奇心に溢れ、とりわけ科学的な関心がつよい、と宣教師達の証言が
ある。
   *西川如見:知の公開を主張した民間の天文地理学者
   *伊藤圭介:結社システムと植物学の始祖
   *寺田寅彦:風雅な眼と「底を抜く」科学者
◆不思議な数eの物語:E.マオール/伊理由美訳 岩波書店
自然対数の底eのe = 2.7182818の意味を知りたい。


「生活の探求」-島木健作著 読み終わる
2008/3/19
◆はじめ、生産における農民と直接に相結んだ時には、駿介はただ一途に農民に惚れ込んだ。
その簡潔素朴な姿を愛した。その無駄のなさと、中身の詰まっている生活を愛した。しかし彼
はようやく彼等の他のいろいろの面を見るべき時に立ち入った。
◆干ばつの時の水の分配の争い。結局解決は自然現象の天に頼むしかない現実があった。
◆たばこ乾燥の共同作業における様々な利害関係が横たわっていることが見えてきた。
◆お大師さん、地の神さん、山の神さん、金比羅さん毘沙門さんや牛の神様八幡さんその他あ
ちこちに点在する祠の祭に対するお供えや寄付といった貧しい農民の負担は決して小さくなか
った。
◆駿介の悩みはそれらの古い仕来りに参加せざるをえないこと、その中でも特に己のなかに宗
教心がないまま従わなければならないという苦痛と呵責。
 このように農業に生きようとする駿介の廻りに様々な多くの矛盾があった。しかし農家の生
活改善に向かって積極的に働きかける考えを抱いた彼が、廻りの人々を説得し仲間を募り動き
出すのという物語は今始まったばかりであった。

 数年前に故郷の田舎に戻った私も、このような様々な生活上の不合理を感じた。宗教や生活
上の決まり事、考え方など都会生活ではすでに克服されたと思っていた矛盾が未だに色濃く残
り私を悩ませた。駿介はけなげにその農村にとけ込み、理解し、改善しようという積極さを持
っているが、私は他に職業があることもあって、とけ込もうとしなかった。むしろその環境を
去ることを選んだ。
さてつぎに、続「生活の探求」に取りかかろう。


夢について
2008/4/5

◆「同人α」第3号に載せた「シリーズ・歪んだ風景-影」に書いたように私の夢には色彩は
あるものもあるが影がない。そして私の夢には会話がない、小鳥の囀りや小川のせせらぎなどの音がない。
◆ところが行ったこともない場所や逢ったこともないのない人達が登場することが不思議でな
らない。その様な状況を勝手に夢の中で作り出すことができる能力が私の脳にあるのか。それ
とも、いつかどこかで知らないうちに経験したそれらの一つ一つのことを、脳の暗い襞の片隅
に記憶していて、それらの事実の記憶の断片を紡いで形を洞察するという表象能力の顕われな
のか。
◆表象能力といえば、二次元のさいころの絵から経験によって蓄積された見えない向こう側を
想像して立体に見立てる能力である。建築を学んだ時に、この表象能力がなければ2次元で表
す設計図は描けないし、そういう人はこの仕事に向いていないと教わった。就職して先輩から、
問題のある図面を描いた人がいたということを聞いたことがある。例えば周り階段と構造の梁
の関係。梁がそこにあることを立体的に思い及ばない人は、階段の途中に梁が出てきて、潜る
か跨ぐかしなければ通れないといったことである。
◆実際に私が経験したものは、随分昔の建物で未だに使用されている日比谷公会堂の階段がそ
うだ。階と階の中間にある踊り場の真ん中を上の階の梁が横切っている。もうちょっとで頭が
ぶつかるような低さで、背が高くなった若者はかなり危険な代物である。それともその建物が
建立された時代の人達の背がそれほど低く、あまり支障が無かったのかは判らない。いまでは、
あの建物の用途と空間の規模から判断してもバランスを欠いたもので、設計ミスと言われても
仕方ないであろう。
Wikipediaで夢について調べてみた
◆夢とは睡眠中に起こる、知覚現象を通して現実ではない仮想的な体験を体感する現象をさす。
◆ 夢は人間に限られた現象ではなく、ほとんどの温血動物が見るとされる(ただしハリネズ
ミの一種に例外がいる[要出典])。人間同様に睡眠中に、覚醒活動状態の脳波を示したり、反
射運動である尻尾をふる、鳴き声をあげる発現などが確認されている。
◆ メカニズムについては不明確な部分が多く、研究対象となっている。例えば、浅い眠りに
陥るレム睡眠中に見るとされ、ノンレム睡眠時は発現されないと考えられていた。しかし、最
近ではノンレム睡眠時にも夢を見ることが確認されている。たとえば、フラッシュバック性の
悪夢はノンレム睡眠時に起こることで知られる。だが、夢が現出してくるルートが比較的解っ
ているのは、レム睡眠時で、PGO波という鋸波状の脳波が、視床下部にある端網様体や、後
頭葉にかけて現れる。この PGOが海馬などを刺激して記憶を引き出し、大脳皮質に夢を映し
出すと考えられている。
◆夢を見る理由については現在のところ不明である。 夢の存在意義を定めようとする説はさ
まざまあるが主に
  * 無意味な情報を捨て去る際に知覚される現象
  * 必要な情報を忘れないようにする活動の際に知覚される現象
   の二つが有力である。
◆ 夢には時間軸が存在せず主観時間でのみ知覚しているとも考えられている。これは、目が
醒めた時点で記憶されている夢の多くは覚醒前20分以内に見た物とされているが、夢の中で
は実際の睡眠時間よりも長い、数時間~数日に感じたというケースが多いことによる。
◆文学作品
 * 「夢十夜」(夏目漱石)
 * 「ドグラ・マグラ」(夢野久作)
 * 「パプリカ」(筒井康隆)
 * 「冥途」(内田百閒)
 * 「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」
    (フィリップ・K・ディック)
 * 「豊饒の海」(三島由紀夫)


北君の著作
2008/4/7

◆書き忘れたが、昨日北君が彼の著作集を読んでみてといって置いていった。ページ数が振ら
れていないので何ページの書き物か判らないがA5版で3センチにもなる長編だ。内容もパラパ
ラと捲ってみたが「膨張、膨張」という題で「地球から三千光年の宇宙空間。人の像をした美
しい青い地球と人とが。語水素を吟味している」という書き出しである。小説か言葉遊びか、
中には漢詩みたいなものも混じっている。これはじっくりと覚悟して読まなければならないと
思った。それから「シュルレアリズム宣言・溶ける魚」アンドレ・ブルトン著、岩波文庫とい
う本をくれた。夢、想像力、狂気を擁護して、現実の奥深くに隠された<超現実>を暴き出し、
真の生、真の自由にいたる革命の必要を高らかにうたいあげるということば書きが表紙にあっ
た。最近世間には既成の価値観や芸術を破壊して新しい何かを作り出すというエネルギーが乏
しいように思われる。だから私は、人の通った道や、沢山の人が行くであろう方向に逆らって
歩いてみたい。この本はその辺を示唆してくれるであろうか。


「白暗淵(しろわだ)」を読む
2008/4/25

◆古井由吉の「白暗淵(しろわだ)」を読み終えた。「東京大空襲」の記憶を縦糸に「音]を横糸
にしてつづられた短編集で、表紙には次のような言葉が書いてある。
 静寂、
 沈黙の先にあらわれる、白き喧噪。
 さざめき、沸き立つ意識は、
 時空を往還し
 生と死のあいだに浮かぶ
 世界の実相を撮す。
 言葉が用をなすその究極へ-。
◆今日の文学が非常に心理的の傾向を取っていることは周知のことだ。誇張していえば物語性
は大衆文学に奪われ、思想性は批評家に奪われ、今日の純文に携わる作家は、ただ心理性の世
界に様々な工夫細工を凝らしめているににすぎぬと小林秀雄がいみじくも言っているように、
純文はそれしか残されていないのではないかと私には思われる。そのような作家は古井由吉を
含めた少数しかいないのではないか。


北君へメール
2008/4/28

今日から北君の合評期間になる由を伝える。それに伴いブログ用の写真をみつくろって郵送し
てくれるように依頼した。そのときの話で
◆北君が独自のブログを開設して、いままでの作品集をつくり同人αのホームページとリンク
すれば、皆さんに読んでもらえるのではないかと提案した。
◆北君より二冊の本について紹介された。
 * バロ-著:無限のはなし
 * 文藝春秋今月号:茂木健一郎の「オキシモーラン」について


「無題」
2008/5/27

◆細君は高校の同窓会で高崎の方面へ旅行に出かけた。
◆北島君の著作集の増版20部作成。
◆ここのところ生活が不規則で今度の検診ではどのようなデータがでるやら、一寸心配である。
◆「脳と仮想」茂木健一郎著を読み終える。
◆「欲望する脳」茂木健一郎著を読み始める。
◆中学時代からの友人の武藤君が亡くなったとの知らせあった。悪性リンパ腫瘍が見つかって
から約半年であの世に逝ってしまった。新しいシステムの楽器(ピアノに似たもの)や新しい建
材を造ったりした発明家で個性的な人物であった。


「欲望する脳」
2008/6/8

:茂木憲一郎 P132
◆自分のことしか関心がないナルシシズムは醜いだけである。
◆客観的な批評基準に準拠せずに、延々と自分語りを続ける人たちにはうんざりする。
◆その一方で、他人に心を開き、あまりにもスムーズにコミュニケーションを続けるだけの人
間にも、どこか信用できないものを感じる。


「志向性」
2008/6/10

◆「欲望する脳」 茂木憲一郎 より
ソシュールの言語哲学で言う「シニフィエ」はほぼ個々で言う「志向性」と等価であり、人間
の心の中に立ち現れる様々な志向性の部分集合が言語的志向性であると考えることができる。
「無限」や「理想」といった概念が、「今、ここに」のどのような現実にも完全には対応しな
いままに私達の精神の中で自由なダイナミクスを切り結べるもの、「志向性」という属性の持
つ闊達な性質である。
ある意味で埴谷雄高の「自同律の不快」も同じことを意味するのかも知れないと思った。
◆埴谷雄高の「自同律の不快」 松岡正剛: 松岡正剛 千夜千冊より
“自身以外のものに絶えずなりたいと志向する”
だから彼にとっての重要性は、「(私は)(不断に変わるモノ)」であって、「(ずっと私である)」
ということはあり得ない。それは不快だと考えたのかもしれません。それが『ぼくはぼくだと
いうのが不愉快だ』という埴谷雄高の『自同律の不快』なのです。


「ヨーロッパ思想入門」
2008/6/13
◆「欲望する脳」茂木健一郎著を読み終える。
◆「ヨーロッパ思想入門」岩田晴夫著を読み始める。
ヨーロッパの思想は二つの礎石の上に成り立っている。ギリシアの思想とヘブライの信仰であ
る。そして驚くことに日本ではまだ縄文時代や弥生地代といった原始に近い生活をしていた頃
なのに、二千年前にすでに現在の社会のシステムが完成していたこと。自由・平等そして専制
君主や王のに支配されることのない法のによる共和制・民主主義などの等。それからローマ時
代にいたっては道路や上水道・都市の機能の整備等々。


「美しい日本四つの特徴」
2008/6/21

「免疫の意味論」や「生命の意味論」を書いた東大名誉教授の多田富雄さんが朝日新聞の「聞
く」というコラムに、「美しい日本四つの特徴」の文を書いておられる。
1.は「アニミズム」の文化である。一神教ではなく自然のなかに無数の神を見つけ、それを敬
ってきた。そのことは宗教対立で戦争を招くこともなく、日本のエコロジーの思想もここにル
ーツがある。
2.は豊かな「象徴力」である。俳句、和歌は事実の記載ではなく、たった一語で世界を表現し
た。
3.は「あわれ」という美学の発見をあげたい。「もののあわれ」はもちろんのこと、もっと広
く、滅び行くものにたいする共感、死者の鎮魂、人の世の無常、弱者への慈悲などの、あわれ
なものへの思いが日本の美の大切な要素になっている。
4.に「匠の技」美術はもちろん、詩歌や芸能でも、細部まで突き詰める技の表現がある。「型」
や「間」を重んじる独特の美学である。部まで突き詰めんじる独独

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