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帽子考

 投稿者:α編集部  投稿日:2014年 3月13日(木)00時25分46秒
  通報 編集済
  .

               帽子考




   「私の七つ道具」の中に帽子が入っていた。
    確かに帽子に纏わる投稿と映像がたくさんああった。 (編集部記)




「帽子について」 2007/4/11

 2007.4.11朝日新聞の昭和モノ語りのコラムに「帽子・男の「制服」、規律の象徴とい
う文があった。戦前の男は全部帽子をかぶっていた。古い写真やフィルムを見ると男性の
ほとんどが帽子を頭に載せている。中折れ帽、パナマ帽、鳥打ち帽、学生帽など。
 当時は帽子を被ることに正当な理由があったに違いない。暑さやまぶしさを防ぐためや、
上着やネクタイの様に礼儀正しさや身綺麗さを表すものだったのだろう。それは現在でも改ま
った場所での上着やネクタイ着用と同じだったのだろうけれど、今帽子だけが廃れたのはなぜ
か判らない。

 10年前亡くなるまで私の父はソフト帽を愛用していた。ちょっと改まった外出をする
ときは必ずグレーのソフト帽を被って出かけた。だからと言う訳ではないが私も帽子がす
きである。ベレー帽やハンティング帽、船員帽、カーボーイ・ハットや釣り用の防水ハト
など持っている。しかしかぶるのはなぜか恥ずかしい。細君から冷やかされるのが少々堪
えているが、70歳過ぎたら平気になりそうな気がする。




「イタリア旅行記」より   2007/5/4

● 日本では野球帽や鳥打ち帽やニットの帽子を被る若者が結構いるが、こちらでは帽子
  を被る人達をほとんど見ない。なぜなのかわからない。
  私は河野多恵子の小説「後日の話」のなかに出てくる帽子屋の話などで、イタリアに
  来たらきっと皆中年は帽子を愛用しているだろうと思って、自分も帽子屋を探して気
  に入った物を買って帰ろうと楽しみにしていた。
  しかし思いこみが外れてしまったらサッサとその気も失せてしまった。幻想を抱くと
  はそういうことで、実に根も端も無いこと憧れを育てることかも知れない。




「ハンチング」 2007/1/14

三越にてハンチングを求める。イエーィツの詩「イニスフリーの湖島」の郷里に帰って来た,
「静かなる男」ジョンウエーンのかぶっている帽子をまねて。

HANDCRAFTED BY EXCUSIVRY BY HANNA HATS OF DONEGAL LTD.
DONEGAL TOWN IRELAND DRY CLEAN ONLY PURE NEW WOOL
MAID IN IRELAND

         





「新しい帽子」 2008/4/18

 先日昼休みに細君と銀座に出た。目的の一つは毎年もう咲いたかなと気になる、銀座一
丁目紺屋橋の高速道路沿いにある八重桜の花を見ることだった。丁度今ピンクの花が盛り
である。難を言えば一色過ぎて、色々の花の種類を見たかった。有楽町から銀座通りの入
り口までの並木を散歩して、4丁目に向かう。
 その途中の「トラヤ帽子店」でハンチングを買った。客が2・3も入れば一杯になりそ
うな小さな老舗なのに、4人くらいの店員がいる。おそらく店主から若い店員まで一家で
切り盛りしているのだろう。銀座にはそのような店があちこちあり、歴史をつくっている。
ちなみに購入したハンチングは「トラヤ」が製作したオリジナルだということである。
 トラヤのホームページを覗いてみると

◆ 帽子を被ると、人はその立ち振る舞いまで変わるという。
 帽子を被ることによって、男は自らを顧み、自信を深める。
 と同時に変身願望をも満たしてくれる。
 ひとりの人間がふたつの気分を味わうことができる。
 ソフト帽は紛れもなく、男を紳士にする特効薬なのである。(出石 尚三)

◆ トラヤ帽子店(輸入、国産紳士帽子専門店)
 大正六年創業以来、ソフト帽、パナマ帽で古くから親しまれている帽子屋です。神田の
 神保町から始まった帽子店は現在、銀座店、浅草店で営業いたしております。トラヤ帽
 子店では、ヨーロッパやアメリカから日本人に向いたベストセレクションをお届けいた
 します。

     





*「私の名前」を読んで 2008/4/20 同人α14号合評より

◆ 名前は単なる記号に過ぎないという考え方もあるが、それでも数十年それと付き合う
  わけだから、それなりの感慨も湧こうというものである。私も姓の「古賀」は高校2
  年生の時はクラスに5人も居て閉口したし、名前にも九州男児らしい猛々しさがなく
  不満だった。いまでも多少そう思っている。しかしこのような同人の趣味に浸ってい
  る「文弱」なのだから、性に合っているのかもしれない。

◆ むかし自分の子供に「悪魔」という名前をつけようとして、役所から拒否をされると
  いう社会問題があった。一人前の大人が自分に命名するのなら分かるが、なにも分か
  らない子供に不利と思われる名前をつけるのは親の単なる自己満足に過ぎない。まる
  で子供をペットを扱うように飾り立て可愛がっているふうでどこか違和感がある。

◆ 最近は市町村合併により新しい名称を名乗る自治体も多くなったが、中には噴飯もの
  や軽薄なものがちらほら見られる。たとえば「四国中央市」とか「南アルプス市」と
  か「田無市」が「西東京」になるとか等々である。女系図に出てくる「真砂町」も
  「文七」おっと間違えた「伝七捕物帳」の黒門町も無くなった、歴史を無視してなん
  とも感慨のない無味乾燥な記号と化してしまった感がある。

◆ 昔、別の同人誌でペンネームは是か否かという問題が起きたことがある。知った人の
  文章に興味を抱き読むのだから、個人名が分からない人のは読まないといって反対し
  た人があった。それも名前をかなやカタカナで書いても、それは戸籍に載っている綴
  りではないからだめだという。私はある時は別の世界の人間に変身したいと思うこと
  がある。その時はペンネームを使い、服装を替え、帽子を被り、サングラスを掛け
  「月光仮面」になりたいのだ。それによって一方からでなく他の角度から社会が見え
  てくる効能もあるだろう。
  とまあ己の繰り言ばかりになってしまったが、大西さんの「私の名前」は名前に纏わ
  る小さな思いから祖父の「文七」さんのエピソードまでほのぼのとした感慨がじつに
  よく書けている。まさに日だまりの縁側でほうじ茶を飲みながらのんびり談笑してい
  る気分だ。
  ただ、二つだけ要望がある。
    一つは「私の名前」をもう少し洒落た題にしたらいかがでしょう。
    二つ目はこの「文七」祖父の物語を十倍くらいの長さにして書いて貰いたい。





*「帽子にまつわる話」 2009/1/1  「偏西風」より
◆ 今丁度、O-chanから借りてウイリム・アイリッシュの「幻の女」を読んでい
  る。未だ殺人犯の名前は判らないが、狂言回しになった女の燃えるようなオレンジ色
  の帽子がキーポイントである。また以前、男の帽子という書き物を読んだことがあっ
  た。昔からある男の装いに背広やでネクタイや帽子があるが、不思議なことに現代は
  帽子だけが廃れてしまったという。確かに私の父は生きている間、外出するときはソ
  フト帽やチロル帽を被って出かけていた。あの年代までは他人の前に出るときの装い
  として、一種の自分の気持ちに普段と違うと いうけじめをつけるための儀 式だっ
  たのだろう。

◆ 河野多恵子の「後日の話」の内容は、十七世紀のトスカーナ地方のさる小都市国家で、
  結婚生活二年にして、思いもかけぬ出来事から処刑されることになった夫に、最後の
  別れで鼻を噛み切られ、その後を人々の口の端にのぼりながら生きた、一女性につい
  ての話である。その夫は麦藁帽子業者カタラーニ家の長男ジャコモである。
  その小説に描かれたイタリアの麦わら帽がどのような物なのか、カンカン帽あるいは
  中折帽子か判断がつかないまま、数年前にイタリア旅行に行った時に私はそのような
  店を探して買ってくるつもりであった。しかしベネチアでもフィレンチェでもローマ
  でも見つからなかった。そして目的を諦める決心が付いたのは、歴史に埋もれて未だ
  古い仕来りを守っている古都の街角で、帽子を被っているイタリアの紳士を全然見か
  けることがなかったことである。私は確実に時代は変わったのだなと悟ったのである。

◆ しかし、今この写真にあるようにパナマ帽とサングラスという時代錯誤のジゴロ風の
  格好は、好むと好まざるに関わらず私にとって「必要悪」になってしまった。さて、
  ジゴロ(仏gigolo)は、女から金を巻き上げて生活する男、女に頼って働かない男、
  または女にたかって生活する男のことをいう。転じて「男娼」「ヒモ」「スケコマシ」
  「男妾」を指す言葉である。とWikipediaにある。
  昔、私は密かに「髪結いの亭主」を目指していた野望は砕かれ今は確実に立場は逆転
  の身となってしまった。頭の毛が薄く真夏の太陽の輻射熱には耐えられず、加齢によ
  る目は明るい光線に晒されて白濁した世界のなかに漂い、覚束なげに歩く有様である。

     





鬚ねこと帽子親爺 2009/7/30 α19号「歪んだ風景-沈みゆく家 第六回」コメントより

 作家池田あきこの描く、猫のダヤンを主人公にした「わちふぃーるど」で織りなす不思
議な世界を展示した、河口湖木ノ花美術館の建物の前で撮った写真である。皆さんと張り
合おうとばかりに、はつらつとした若かりし頃の凛々しい写真をと探したが、どこへ隠れ
ているのか頓と見あたらない。鼻髭、顎髭、頬髭で己の本性を隠していた頃もありました。
それが一枚も残っていないとは、もしや余りにもむさ苦しいので誰かが処分したのではな
いか。
 随分前に三歳の頃の息子と電車に乗っていたら、前に座っている二人のうら若き女性か
ら、クスリと笑われた事がある。よほど私のカイゼル髭風が妙だったのか、息子と私がう
り二つだったためか、どっちだったのだろう。
 大体髭には二つの意味を込めて男は伸ばすようだと私は断じる。一つは体制側の権威を
誇示するため。もう一つは体制側ではないことをひけらかすためため。私は30代初めか
らドロップアウトしたので、やはり後者だったと思う。今髭をのばしたら真っ白に違いな
い。だからうらぶれた人生の落伍者風の無精髭に違いない。願わくばショーン・コネリー
のような素敵な髭面を夢見るのだが・・・。

     





「麦わら帽子」 2009/8/3

 誕生日の贈り物を買いに細君とアメヤ横町に行った。時々覗く、5坪くらいの小さな帽子専門店だ。
銀座に出かけた時はトラヤ帽子店のショーウインドウをよく覗くが、残念ながら日曜日は閉まってい
る。それに紳士用としてかしこまった帽子が多く、麦わら帽子のようなくだけたものはあまりない。
 今度買ったものは麦わら帽子と言っているが、どうも麦わらではなくてパナマ草を使っているようだ。
麦わらよりも粘りがあり破れにくいようである。形もテンガロンハットに似ていて気に入った。つばの廻
りにワイヤーが入れてあって形を自由に変えられるのがいい。誕生日の贈り物としてその麦わら帽子
と、ユニクロで2千円弱の白いチノパン2本を買ってくれた。安価ではあったが少し良い気分になった。

     




鈍色の空-その3(最終回)のコメント  2010/6/14

半世紀前の「真昼の決闘」・「友情ある説得」のゲイリー・クーパーや、「駅馬車」・「静か
なる男」のジョン・ウェインのように、まだ男が男らしく、女が女らしかった時代が懐か
しい。これは単なる懐古趣味だけの感傷からではなく、この時代の映画の中の主人公は物
事にたいして心の内になにが正しいかを的確に判断する目を持っているように思えた。そ
の人達はそれに裏打ちされたゆるぎないプライドや自負が、何とも言えない品格を創り出
していた。詭弁や策略といった小細工で下らぬ意地や面子を守るためにだけ行動したりせ
ず、理にかなった主張のもとに攻めるべき時は果敢に攻め、引くべき時は清く引くという、
じつに清々しい堂々とした生き方をしていたものだ。
残念なことに昨今は、自分の言葉と行動が一致しなくても良心が疼くこともなく、プライ
ドを投げ捨てても何の痛痒も感じない人達がいる時代になってしまった。感情でなく「理
正(りせい)」で「万理(ばんり)」の本質を突き詰めて「神野(かみの)」領域にあるか
もしれない、「よりよきもの」を志向するという、心のうちなる良心の鏡を持っているよ
うに見えるゲイリー・クーパーやジョン・ウェイン達は、いつの世になろうとも「赤松次
郎」の憧れの人物像であった。
などと数十年前にスキーで訪れた蔵王の山頂でのカーボーイの格好をした我が写真を見な
がらそういう妄想に駆られたのであります。

     



       『鈍色の空─その3(最終回)』合評    神野佐嘉江 2010/6/20

       古賀君、
       「著者のポートレートとコメント集」を見たよ。近影かと思ったら数十年
       前のだという。驚いたね。古賀君は昔も今もちっとも変わっていない。
       ただ、ジーンズの前の辺りの紺が濡れ色だね。するとこれはおもらしか。
       それなら近影と思えなくもない(笑)。
               (*以下略 編集部)





僕にとっての帽子考 2010/10/9  「趣味と道楽の狭間で」コメントより

     

 僕の周りには帽子の好きな友人が何人かいる。僕もその一人である。帽子の効用は夏の
太陽から暑さを避けることや、薄くなった頭を隠すこと、風から髪の乱れを守ること、頭
部保護、防寒などの実用的理由から、またファッションといったものまでいろいろある。
僕が被っているのはジョン・ウェイン主演の映画「アメリカ合衆国の特殊部隊・グリーン
ベレー」の帽子である。だからといって特別僕が軍国主義的な思想が好きというわけでも
ない。長い間自由業を営んできたのでラフな格好でも勤まったものだが、僕は自分の生活
が自堕落にならないように時々はネクタイなど締め、正装をして事務所に出かけたものだ。
その意味では、あるていどの規律的生活を厭うものではない。
実用的でなくても帽子を被る人達は、己の姿を別の人格に見せたいという無意識の願望が
あるのではないかという私の考えは、また別の機会にじっくり思索してみたいと思ってい
る。
 僕は数年前友人のS君と誘いあわせて御徒町のアメヤ横町のガード下にある中田商店に
繰り出した。あるわあるわ、世界中の軍服や勲章や階級章など、戦前の軍国主義の時代に
迷い込んだような妙な気分になった。いくら何でもこのアナクロニズム的雰囲気にはつい
て行けない。その後S君はハンチング帽ばかりで、その時僕はグリーンを、彼は黒を一緒
に求めたのだが、この黒いベレー帽を被った姿をいままで見たことがない。さてはあのア
メヤ横町への同道は僕のために多少無理をしたのかもしれないと今は思っている。
 今回の「趣味と道楽の狭間で」は十数年前に同人誌「斜光」に投稿したもので、狭間シ
リーズの走りという記念すべきものであった。しかし僕はこの帽子をいろいろ欲しがると
いう行為は道楽とは言えず、趣味ともいえる実にささやかなものなのだと思っている。

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 この写真を見た感想は、確かに「人格が変わっている」ということ に尽きた。
いや、と言うよりも「飛んでいる」という感じを受けた。しかも、以前にどこかで見た顔
なのだ。
 それは、どこで見た顔だろうと考えている内に、思い出した。
以前勤務していた研究所の公式テニス部のNo1の顔である。
長期に渡ってTOPの座を保ち続けた強靱さと自信が形作った顔が この写真の中にそっく
り再現されている。
これが、帽子が持つ魔力という物であろうか。
長岡 曉生

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 帽子はおしゃれの意外なポイントにもなるが、その他、人格を少し変えてみる、 他人
を戸惑わす、そんな力をもつ有力な小道具だ。
筆者はおしゃれというより、後者の理由で帽子に惹かれているのかと思う。
 私の母は帽子が好きで春夏秋冬お気に入りの帽子をかぶっていた。 彼女の目的はただ
一つ「おしゃれ」そんな彼女の子供は全員帽子は苦手でほとんどかぶらない。それでも母
の手編みの帽子一つはみななぜか取っており、冬になるとかぶっている。
母の帽子と買って貰った帽子が手元にある。遅ればせながら「おしゃれ」で時々かぶっ
ている。いや人格を変える目的かもしれない。あるいは顔隠し。
ベレー帽姿の筆者は確かにすごみがある。ベレー帽が彼の人格を変えたのだろう。
万理 久利

合評期間:2010.10.10~2010.10.16
長岡曉生氏より
この写真を見た感想は、確かに「人格が変わっている」ということに尽きた。いや、と言
うよりも「飛んでいる」という感じを受けた。しかも、以前にどこかで見た顔なのだ。
それは、どこで見た顔だろうと考えている内に、思い出した。以前勤務していた研究所の
公式テニス部のNo1の顔である。長期に渡ってTOPの座を保ち続けた強靱さと自信が形
作った顔がこの写真の中にそっくり再現されている。これが、帽子が持つ魔力という物で
あろうか。





学生帽 2012/2/21 α30号「あした天気になーれ 第6回」ポートレートとコメントより

 引っ越しばかりしていたので、随分写真も無くしてしまったが、なんとか押し入れの中
から昔の写真を探し出した。これは私が高校生の頃我が家の庭の一角で撮った写真である。
年の離れた従兄弟とスピッツらしき白い親犬、犬小屋には一匹の子犬までがちゃんと写っ
ている。
このころより私は朴歯の下駄を愛用していたが、この下駄はどうも違うらしい。黒い鼻緒
の桐の下駄で親父のものではないだろうか。
 帽子は白い二本の白線に二羽の鵲をあしらった金色の記章、いかにも間寛一のかぶる高
等学校の帽子そっくりである。セータはやはり鈍色のアラン模様のフィッシャーマンセー
ターである。どうもこのころから「あした天気になあーれ」や「無限回廊」などという空
想癖の兆しがみられるようである。

     





窓辺にてーそして、それから 2012/6/7 α31号「光と影の狭間で」ポートレートとコメントより

たぶん大学二年生のころ夏休みに帰省した折、田辺(森)君と二人で九州一周の貧乏旅行
をしたときの写真だと思われる。大人になるまで偏食、好き嫌いが多く、腺病質、神経質
でカマキリのように痩せた姿が見受けられる。ここは霧島温泉の近くの丸太造りの山小屋
のようだ。たぶん韓国岳に登る前か後かの写真で、窓枠に座った足には草鞋みたいなもの
を履いている。未来は渾沌としていて不安に押しつぶされそうな思いに、いつも不機嫌な
顔をしていたようだ。

     





宇宙戦艦大和艦長 2013/1/23    同人α33号「無限回廊」ポートレートとコメントより

*バード・ブレインの初夢 *「無限回廊」の登場人物
super sybogのバード・ブレインはあるとき、太陽系第三惑星の消滅する前に14万8千
光年の彼方のイスカンダルへ放射能除去装置コスモクリーナーDを求めて宇宙戦艦大和
の艦長となって旅立つ夢を見た。パワー・イーターの完成が間に合わなかっこと、最終兵
器であるリターン・パスの全世界の国々への設置に遅れが生じたこともあって、一部の国
の争いで核爆弾によりガイアの人々に放射能汚染の危険が迫ったためだ。これらの預言は
既にモノリスに記録されたものである。
                          古賀 和彦

     

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