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日記考

 投稿者:α編集部  投稿日:2014年 3月 8日(土)22時22分20秒
  通報 編集済
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                 日記考  2007


【電子日記】
 ここにもにも日記がありました。リンク集掲載の「窓辺にて」です。
同人誌に昨年より掲載されている神野佐嘉江著「人生詩」は日記型式の創作ものと言ってよいでしょ
うが、こちらは正真正銘日記です。とは言っても通常よく見る日記とは違うようです。
 窓辺の住人は2007年に電子日記を開始しました。日記事始めと、この年の11月に記録した『日記
考』を掲載します。三日坊主を心配していたようですが、今も続いています。
2013年も終わり、もうすぐ7冊目の製本となりそうです。

「人生詩」の主人公はこれまでに、いったい何冊の日記帳を書き綴ったのだろうかと考えてしまい
ました。 7冊どころではなく膨大な量になるはずです。    (2013 編集部)

                            




「今日から日記に挑戦!!」  2007/1/13

 よし今日から私のブログを作って日記を書こう。自然の移りかわりやそれに伴う心境の変化や、読
書の感想そのた書き留めて置きたいことがらを記するのだ。
出来れば毎日、せめて三日に一度、しかし十日も忘れることは許されないとしよう。

フロイトの「不気味なるもの」・・・フロイト全集第17巻P30
同じ事態の反復がある一定の条件のもと、一定の状況と結びつくと、うたがいの余地なく不気味な感
情を引き起こす。この感情はいくつかの夢の状態が示す寄る辺なさを思い出させる。
例えば ・不案内の街の路地を歩いても何度も同じ街角に出る。
    ・身の回りのナンバー例えば六十二という数字が同じ一日のうちに何の関連もなく係わっ
      てくる。
フロイトの「集団心理学と自我分析」P159
・二つの人為的な集団 教会と軍隊
・一つの宗教は、たとえ愛の宗教を称する場合でも、それに属していない人々に対しては厳しく、ま
た、心ない態度を取らねばならないのだ。なにしろ根本的には、どの宗教も。それが包み込む人々に
は誰にとってもそのような愛の宗教なのだが、それに属さない人々にたいしては残虐で非寛容である
といったものだ。




「日記」についてその(1)  2007/11/12

◆ 今年1月から日記を書き始めてから1年近くになろうとしている。三日坊主に終わることもなく
 書き続けているが、いままで日記の効用をあらためて考えたことはかつてなかった。日記を書くこ
 とで何が自分の為になるのか、どのような変化を己にもたら
 すのかを真面目に考えてみたい。
◆ 日記が書かれる主な契機の一つとして、旅や仕事や戦争などの特別な出来事の内容、見聞、覚え
 書きを認めるようことから始まったと思われる。古にも紀貫之が土佐の国から京まで帰京する最中
 に起きた出来事や思いなどを書いた土佐日記とか、藤原道綱母の蜻蛉日記、菅原孝標女の更級日記、
 阿仏尼によって記された紀行文日記である十六夜日記、我が青春時代に紅涙を絞ったかのアンネの
 日記、その中でもスケールの大きさと歴史的価値においての白眉は古代ローマのカエサルがガリア
 征服の経過を記した『ガリア戦記』がその代表であろう。
◆ 備忘緑として
 診察予定日、人にあう日にち、時間、場所、電話番号などを忘れないために 書き留めておく。
◆ 資料として
 日々の散歩などで得られる「変な看板」とか野良猫の生態とか、人間の表情とか服装や髪型などを
 カメラで記録して、いつの日か創作の為に資料として蒐集しておく。
◆ 考察の記録
 新聞や雑誌や社会の出来事に対して問題意識を高め、ものごとをよく観察し分解して再び自分の
 考えのもとに定義し纏めておく。これは何回も読み返しそれについて資料を集め日々訂正・削除・
 加筆が自由に出来るのでブログの日記は非常に便利である。
◆ 面白そうな表題・演題だけでも思いつくまま書き留めておくいずれその件について考える時がく
 るし、断片的にも考察した時はすぐ加筆しておく。
 そのうち一つの纏まった文に成長していくだろう。想念は想念を呼び次々に大きな世界を作り出す
 だろう。
◆ 相手からの手紙や、伝言、批評などを記録しておく。必ず自分の糧になるだろう。
◆ 人と変わった考えは特に大事にしよう。結果的に間違いや早とちりがあってもひるむとはすまい。
 恥ずかしい思いや、みっともなさも臆するな。荒い書き方でもかまわぬ、直ぐに書き込もう。但し、
 自分の考えや意見をこの日記から外に出す場合は、検証を忘れるな!!感情でものを言うな!!好
 き嫌いはいいが誹謗中傷は、自分の人格を貶めるもの。




「日記」についてその(2) 2007/11/13


◆ 母が亡くなってから丁度1年経つ。亡くなる1週間前に入院している郷里の病院に見舞った時、
 母は私に40年分(40)冊)の日記を託した。今思うと生前にもその日記についての日頃私の評を期待
 していたように感じていたのだが、私も自分たちの生活に汲々といた時期でもあり、なかなか日記
 を開いて読むには至らなかった。十数年前も父の「回想録」の原稿を託されていたが、それも又父
 の生前に出版することは叶わなかった。いずれも亡くなるという衝撃が私に思い立たせるエネルギ
 ーになるのだが、なぜ生前に希望を叶えてあげなかったか、その喜びを分かち合えていたらどんな
 によかったか、と後で悔やまれ残念でならない。だから今母の膨大な日記を目の前にして、是非活
 字にしてあげたいと思う気持ちは強い。
◆ 私は両親にとってあまり親孝行の息子ではなかったと自分では思っている。長男の兄は家業を嗣
 いで父と一緒に働いたからそれなりの孝行はしたであろう。私は早くから元を遠く離れ、自分の「た
 つき」にばかりに追われてなかなか優しい言葉や、それなりの心遣いもしないで来た。
◆ 父は見識も広かったので目の前の事だけではなく、遠くにいる息子にも公平に眼を向けていたけ
 れど、田舎に隠居した母は昔の人らしく、また女性らしく目の前の事を大事にすることで満足な日
 々を暮らしていたから、父の亡き後家父長制度の残照の中で長子」にほとんどの財産を託した。一
 方私は自由と平等の考え方を理解してくれなかったことを恨む思いであったが、離れた次男と親と
 共に歩いた長男の評価は自ずと違っていたことを後で感じた。
◆ そして遅遅として捗がいかないまでも、離れて暮らしていた母と一緒にいま活字を追う度に同じ
 空間と時間のなかで暮らしいるのだなと実感している。だから私は兄が親の跡を継いで行う家の決
 まり切った行事よりも、父や母の書き残した日記と共に情感を共有している今の私の方がずっと親
 とともに生きていると自負しているのである。

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